kaoru-itさんのブログ -11ページ目

kaoru-itさんのブログ

ブログの説明を入力します。

友達の知り合いに、

楽曲のアレンジは好きでするが、自分で作曲はしない

という人がいる。


最近思うのは、

作曲は自由だ。ということ

誰にでもできる。。はずなんだけど。。


無から有を生み出すのは大変で

出来る人と出来ない人がいる


そういう考え方も何となく分かる。


ただアレンジは、

作曲よりも、自由じゃないような気がして

もっと、

専門的に広く深い勉強や、知識技術センスが求められる

ような気がして


なんとなくね

先に裏方に回りたい気持ち

先頭ではなくてコーラスとか

作曲ではなくてアレンジとか

でも本当は


裏方こそプロの力が求められてレベルが高い

表側は、本人にやる気があればいつでも誰でもできる


なのかなって。


それだったら

何かにつけ

私が今何をするのか

そしてそのあと何をして何をするのか

考える指標になると

思ったり。。思ったり。

しているのですよ。

前のブログと少しかかわりがあるけれど

想像の中で、少し笑えること


同い年の知り合い、友達がいるとしよう。

お互いちょいとイイ年になったよね。


10年後。

あんたも私も○○歳になったね!て

ちょっと

笑える気がする。


なんていうんだろう


「やー!生きとったか、お前も!」

「お前もな!」

みたいな

驚きと、喜びと、感動と。

その笑い。


そういうの

たとえば

夫婦の間には、あるんだろうか。


始終一緒にいると、そんな、無邪気に

驚いて、喜んで、憎まれ口もたたいてみたり

そういう気分にはならないのかもしれない。

やってみなくちゃ分からない。


でもそれが出来たら楽しいな。


「あんた、ふけたわねー!」

「そっちこそ、そんなに白髪になっちゃって!」

でも、

「お互い頑張って、よく生きてきたよね~」

これがね、内包されているから。

感慨がある。


実際は、現実は、

どうなんだろうかなぁ。

タイトルに全部出ちゃってる(笑)

ただ最近、その度合いも増している気がする。


朝メイクをするときに、どんなに鏡に向かってにっこり微笑みかけてみても、

日中笑うことはほとんどないように感じる。


笑うシーンは限られている。

友達に会ったときと、好きなアーティストさんのライブに行った時だ。


あまりにも平素笑わないもんで、

笑ったときには、普段使わない筋肉を使ったり、普段しない動きをしたりで気がつく。

「これ、最近ずっとやってなかったな」

「笑ってなかったんだな」と。


「仕事場で笑えない」

そんなの当たり前なのかもしれない。

「笑ってはいけない」と、言われているわけではないのだから、

自発的に笑い、人のことも笑わせればいいのかもしれない。


でもそれは、私から自然に出た笑いではない。

それがあって欲しい。


このテーマ

どこに落としたらいいのか分からない。

解決策はあるのか?

なくて、諦めるのが解決策なのか?


そんなのは、いっぱいあるんですけどね。