皆々様、ごきげんよう、いとっぺですニコニコ



今回は映画館にまつわるコラムです。




50を過ぎてから

なにを"捨てる"かに焦点をあてるようになった。


だけど、人と話したり、

オールドでもニューでもいいけど媒体では

なにが足りない

なにを補えばもっと良くなるのか?

という内容が多い。


健康なら栄養。

勉強なら知識。

仕事ならスキル。


もちろん、ワタクシもそう考えることはある。


だけど何かを足すより

引いた、

あるいはそのまま中にある、

現れるものが気になる。



ワタクシは

映画館で映画を観ることが好きな理由を書いたことがある。

それは

映画館には映画しかないから。


スマホも

家事も

次々と流れてくる動画もない。


映画しかない空間は

年々少なくなってくる

"集中"できる貴重な時間となっている。




そして最近は帰り道も楽しみとなってるのに気がついたウシシ


映画館に行くと

絶対帰り道がある。

その移動時間に映画のことを考えるのが好きだ。


駅へ向かう道

電車に揺られている車内

真っ暗な道を運転することもある。


その時間に映画を反芻するのが好きだ。


あのシーンはなんだったんだろう。

なぜあの人はあんな選択をしたのだろう。


答えを出すわけでもなく、

ただ映画を自分の中で醸していく…


映画館は映画しかない場所だけど

帰り道は映画とワタクシしかいない場所なのかもしれない。





ワタクシも御多分に漏れず

一日中スマホ📱を触っている毎日

そして意味もない漫画や動画をみて時間を文字通り潰している


捨てようという言葉と反対に

日常にさほど必要性のないもので

埋める作業をしてる自身にウンザリ。



そのウンザリを

いささか晴れさせてくれるのが

映画館🎥



映画館の帰り道は

ふわふわとした余韻に浸りながら

自分と対話できる時間になっている。



人生には『余白』や『間』が必要と思う。

これがなければ自分自身と会話することがなくなる。

そしたら自分という人間を自分自身が見失ってしまう可能性も大だ。

そして休むことなく埋め続けた先には

満足ではなく【空虚】が待つのかもしれない。



だからワタクシは映画館に通う。

次の映画の帰り道、

ワタクシの「余白」に何が浮かび上がるのだろう

それもまた最近の映画館の楽しみになってます照れ



それでは皆々様ごきげんよう👋