入試のシーズンですね。

私の親は一般的な家庭(決して両親は裕福というわけではない中小企業のサラリーマン家庭)であってのにもかかわらず、一人っ子ということもあり、全精力を私の教育費に使ってくれたのです。

(今の私を知っている方にはびっくりされますが、当時はめちゃくちゃ自分を出せない大人しすぎる子供だったので、親的に、こういう子は公立にいかせると、自分を出せな過ぎていじめられるかもしれない、と思ったそうな)

 

小学校も「中学受験をみすえた」私立小学校、そして、中学は中学受験をして、今や「新御三家」と称されるめちゃくちゃ進学校の池袋にある女子校に行きました。ですが、そこで勉強勉強な校風に全く馴染めず不登校に。母には申し訳なかったけど、中高一貫校でせっかく小学校も四谷大塚やら塾づけの日々で進学させてもらえたのもかかわらず、どうしてもその付属の高校に行きたいと思えず(そもそも1年半不登校な子は高校にあげさせられないでしょうが笑)都立高を一般受験します。
 

 

中学3年間のうち、実際通えたのは1年半くらいだったです。

 

でも、そんな進学校にいっていた自分でしたので、中学2年までには中3の勉強が終わっている状態。

なので、内申点は関係なく行ける高校(内申点は不登校ゆえ、ないようなものでしたから)東京都下にある某都立高校に行きました。

 

いまでいうと東京の都立で偏差値50もない高校でしたが、ここで私は変わることができました。

幼稚園、小学校、中学校すべて受験受験の勉強重視な環境でした。でも、自分では閉塞感でいっぱいでした。勉強勉強で殺伐と感じていた学校生活から(つまり周囲に腹の内を明かせない)全くそんなの関係なく、「自分をだしてもいい」環境へ。

高校時代からの友人は自分の親友の一人です。

 

そこから立ち直り、大学は自分に合う大学にいき、今でも仲の良い仲間がたくさんできましたし、社会人になってからも最初に入った証券会社で体を壊してしまい、危篤になるほど大病をし(以前書きましたが壊死性リンパ節炎と当時診断されましたが、今では当時から膠原病だったのだ、だからストレスと疲れでやられたのだ、と、今の主治医にいわれています)ましたが、なんとか復活し、まあ、いうたら今現在も膠原病ではありますが、事務所もスタッフも増え、着実に成長していて、今では大手の会社との仕事もできるようになったり。

 

 

何をいいたいかというと、浮き沈みがめちゃくちゃある人生ですが、自分を信じること、信じてはいつつ過信せず自分の仲間を大切にすること。それによってずいぶん救われてきた人生でした。

 

今では、ある意味先進的な進学校での日々を経験しつつ、一般的な学生生活も経験しつつ、挫折も何回も経験したことが、「人と接する」ことが多い社労士という職業に大いに役立っていると実感します。あのまま「いわゆるエリート街道」しか知らない自分だったら今の仕事はできないし、やっていないでしょう。

 

これからも自分のやれることに全力で取り組みたいな、と思っています