大病経験により思うこと

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24のとき、死を覚悟するほどの大病をした。

1月くらいに発症し、最初は地元の総合病院に二週間入院。一旦退院したが、その病院に不信感があり、別の大学病院に紹介状をかいてもらい、転院して通院。

それからは何が原因か全くわからずに通院する日々。体に放射線を入れてどこが悪いか測る検査をしたり。
体調は毎日吐いて、毎日39度でフラフラで、ポカリスエットしかのめない日々。友人がお見舞いにきて、イチゴとかをお見舞いにいただくわけですよ。けどそれも食べて友人の目の前ですぐ吐き出したり。

最悪でした。

その転院した入院し、飲み薬が吐くためにうけつけず、座薬で薬をいれて。六人部屋でガンや白血病の方々の病棟でした。

途中肺炎併発して1人部屋に移された。意識不明。両親が夜中の三時に呼び出され、お嬢さんはあと1時間この状態でしたらチューブいれて植物人間状態になりますので覚悟してください、と。

そこで、致死量スレスレのステロイドを大量にいれて、それが功を奏し、意識を取り戻し、奇跡的に生き返る。

ちなみに病名は「亜急性壊死性リンパ節炎」もしくは「菊池病」という名前の病名でした。

その病気自体は現代の奇病で、実は死に直結する病気ではないが、実はその病気の中で世界で最も重かったみたいで、医学会の症例に今でものっているようで、カンファレンスで発表されました。


それからしばらく入院してましたが、退院したあとの今までなんてことない車窓の風景や、1人で電車に乗れたとき、涙がでた。


そこから、一瞬一瞬を大切に生きようと考え方に変わり、自分自身が入院中、人に支えられて復活できたのもあり、ひとのためになる仕事をしたい、と、社労士にどこかで憧れをもち、取得し、今に至っています。つまり、あの闘病中に抱いた夢を実現できたわけです。


これらの経験から、病気してるときに、ひとのありがたみ、とか、ぬくもり、ひととのつながりがどれだけ心の支えになったことでしょうか。


池江選手も、ひとに今までたくさん夢を与えてきたひと。今度は人から沢山暖かさやぬくもりをもらって、また復活してほしい。

勿論、復活というのは水泳が一番かもだが、たとえ水泳でなくても、この経験が必ず役にたつというか、自分自身の人としての経験として糧になると、私は信じています。

一般人の私でさえ、叶えられた。
人間力がある彼女なら必ず復活できると私は思う。

ちなみに闘病中はくしくも池江選手同様、「神様は試練を乗り越えはれないひとには与えない」とずっと思い込みながら闘病に耐えました。

心より復活を祈念します。