すっかりこのブログとも遠ざかってしまいました💦

 

というのもめちゃくちゃ顧問先も増えまして、さらにそれに伴いスタッフも増やしているため忙しすぎる💦書く暇もありませんでした。

 

はっきりいって一日中仕事しかしてないイメージです笑。。

 

このブログを書いていなかった間になんと猫を2匹飼いました!この2匹が癒しです笑。

というか、猫とたわむれる、好きなお酒をたしなむ、たまに客先にいった帰りにご褒美的に外食するくらいしか本当に自分時間がありません笑

まさに朝から晩まで仕事をしていますが、不思議と苦痛ではないし、思えばそんなにいやではない自分がいます。

今の仕事好きなんだろーなと思います。

 

今私は、事業主として経営はもちろん、労務相談とか営業は私一人でやっており、残りの実務(給与計算とか、各種手続きとか)は弊社の優秀なスタッフにやってもらっています。ですので自分が向いている、自分がやりたいと思える仕事に注力しているからこんなに仕事でパンパンなのにそこまでストレス過多ではないのかもしれませんね。

 

最近は求人をだして3人採用させていただきましたが、3人ともすごくいいスタッフで、頑張っています。もちろん既存のスタッフも変わらず頑張ってもらっていて、今現在は6人のスタッフとなりました。

 

そのうちの最近採用したスタッフの一人が娘さんが中学受験をされて、今、中3ということですが、高校受験はないので、ご自身として仕事をいよいよできる体制になったとのことで応募いただいた方でした。

 

その話になって自分の中学受験~というか、小学校受験のころから回想してみたのです。

 

私は小学校は宝仙学園という、私立にいきました。今でもそうかもですが、当時も小学校はめちゃくちゃ進学校(いい中学にいくための)で、みな中学受験を目指すような小学校でした。

 

私の両親は高卒で学歴社会がまだ根強く残る日本において、高卒ということで辛酸をなめたことも多かったのでしょう。一人娘の私には学歴という「レッテル」を残すことこそが唯一私に残せる財産だ、ということで、教育にだけは異常にお金をかけてもらっていたのですね。中小企業のサラリーマン家庭にしては本当に大事に育ててもらいました。感謝しています。

 

で、今いうとみんな信じられないといわれますが、当時の私は内向的な内気な子でしたので、「この子は公立の小学校ではいじめられるのではないか」ということで、急遽宝仙学園小学校という私立に入り、この私立小学校が中学受験をするための小学校という位置づけ(付属の中学高校大学はあるものの、小学校だけはなぜか進学校扱いでした)で、周りに感化されたのか親も中学受験に向け躍起になっていったのです。

 

そして、私の性格は「人の期待に応えたい」という性格でしたので、勉強を頑張りました。四谷大塚という塾でもそれなりの成績になり、2教科で受験できる(算数と国語)最高峰の偏差値の学校が池袋にあるT女子学園だったのですね。

当時の私は小学生のころから西村京太郎の小説にはまったり、国語だけは異常にできていました。おそらく中学受験レベルでは、大人の小説が読めるくらいだったら国語の偏差値は爆上がりするかと思います(大学受験のときは、逆にテクニックがいるので、単なる読解力では太刀打ちできなくなり、国語に多少苦しめられましたが)

四谷大塚の日曜テストというものでも国語だけは偏差値70をきったことはなかったかと思います。(そのかわり算数は偏差値50を超えることはまれでした💦)

 

校風も考えず、偏差値だけで受かってしまいまして、そのT女子学園に。

 

ですが、正直自分の性格に全くあっていなかったのです!

T女子学園は、真面目に勉強のみを追求して頑張る、私にとっては受験マシーン養成校みたいにみえてしまいました。成績は常に中くらいでしたが、どれだけ勉強しても上には上がいる、ということをいやというほど思い知らされたのです。

 

あ、ちなみにこの学校をけなすつもりは毛頭ないです。

そこで頑張れるような子が、いわゆる官僚になったり、医者になったり、研究者になったり、「日本を背負える人」になれる気がします。

ただ私には圧倒的に向きませんでした。

私はいわゆる学生生活をその時その時でエンジョイしたいと考える価値観だったのです。

 

ですので恥ずかしながら不登校になりました。

親には申し訳なかったなー。せっかく両親はそこまでお金がないながらも教育に熱量をもって塾に通わせてもらったり、世間的にいい中学にいかせてもらったりしたが。。不登校中は、先も見えず本当に苦しくつらかったです。

自分は一生引きこもりになるのか、とか。劣等感とか。。私の人生詰んだくらいに毎日思っていましたね。

 

もちろん3年間あるうち1年半も不登校でしたから中高一貫校でしたが高校にあがれるはずもなく、私も上がる気はありませんでした。

 

そこで、内心点があまり関係ない、東京都下の小平高校という当時は偏差値50もない高校(今はもう少しアップしているようです)の外国語コースというところを高校受験しました。内申はなかったもののT女子学園に行っていた自分の成績だったら、高校受験の点数が高かったのか、合格しました。

 

そうしたらこの小平高校がまさに自分に合っていたのです。つまりは、小学校の物心つくころから周りが勉強勉強といった環境で、あまり腹の内とかをだせない中で育ってきた自分にとっては、びっくりするほど目からうろこな高校生活でした。

 

 

腹の内を見せられる親友ができたこと、私にとって大切な価値観はなにか、ということを改めて感じられたこと、など、小平高校には感謝しきれないほどの経験をさせてもらいました。私にとっては「勉強がすべて」という価値観から解放された高校生活だったのです。

 

 

親には中学時代に迷惑というか心配をかけてしまったからそれなりの大学にいきたいな、と思い、なんとか明治大学に滑り込みまして、そして今があります。ちなみに明治大学は自分にとても合っていました。自由な大学でしたし、エリート臭もなく、庶民の大学感でした。そして、そんな中でもそれなりに勉強は必要だし、それなりに勉強しないと受からないという大学でもありました。その絶妙な感覚がめちゃくちゃ自分にマッチしました。私は早稲田落ちの明治でしたが、「早稲田の〇〇学部おちたー」とみんなでネタにするような自虐感あふれる大学だったところもなんとなく自分に合ってましたね。今でも士業の会で「明治大学出身の士業の会」には積極的に参加するようにしています。親しい人も多いし、価値観があう人も多いです。

 

何がいいたいのか、というと、私は今「責任とやることは多いが、逆に自由な雰囲気を自分で作ることができる」、とか、そういうのがめちゃくちゃ合う性格なんでしょうね。思えば会社員のときも裁量をもってやらせてもらえる仕事とか、そういうことができる職場で力を発揮していました。決められたことをもくもくをやるというのは不向きでした。

 

そういうある意味真面目にコツコツというよりは、自分の考えに基づき進んでいくタイプの私のような者は、詰込み教育は単純に合わなかったのです。

 

 

結論として、たとえ今の環境につまづいたとしても、別の環境では輝ける場合がある、切り替えが大事だ、合う環境がひょっとしたらある、もし今がそうでなくても希望をもってほしい、ということを私は伝えたいです。

 

今もしかして不登校とかで悩んでいる方がいらっしゃったとしても、自分を信じて、「自分はどこか別のステージで輝けるんだ」と信じて、ふんばってほしいな、と思って書かせていただきました

 

長々失礼しました💦