朝が少しずつ早くなっていて、駅のホームに差す光は随分と強くなっている。

『暑いなぁ』と口にしながら、やっぱり水泳部にしよう、と決めた。

学校の規定で、クラブへの新入生の参加はゴールデンウィーク明けと決まっていた。

僕の高校は中高一貫の為、内部進学の生徒が大半を占めているが、内部生もクラブ参加は認められていないようで、『やっと体動かせるわ〜』と、昨日の放課後、何人かのクラスメイトが、下駄箱ではなく部室へと向かっていた。


中学校でも水泳部にいた。『夏でも涼しい運動部』という、シンプルな理由。自宅近くのスイミングスクールに、友達が楽しそうに通っていたから、という理由で、親に泣きついて通わせてもらったものの、冬の寒さ(スクールまでの道のり)に勝てず、1年程で辞めていたので、成績はスポーツ万能な奴に負けてしまう程度ではあった。

 それでも、高校でも水泳部にしようと思う程度に泳ぐことが好きで、50Mプールを持っている学校だった事も、進路を考えた時、頭に入っていた。



後に良く見聞きする、各クラブ紹介のイベントはなく、教室での案内と各クラブのポスターで、活動時間を確認した。

放課後、プールの更衣室へと向かう。

各競技の人気の格差というより、そもそもクラブ活動への参加率が低く大半以上が帰宅部という学校において、この日に更衣室に集まった新入生は3人。

高校によっては4月中に屋外プールで練習を開始する高校もあるというものの、どこかのんびりした郊外の学校は、普通に体育館での体力強化。

顧問の先生もおらず、先輩が指導するシステムに、驚くとともに、随分と楽な内容でまた驚いた。


(大学でのクラブ活動は、仮入部時のお客様扱いからの、あまりにもな変化に驚く事になったけれど)



練習の終わりに近づいた頃、『せんぱーい、遅くなりましたぁ』と、ケラケラと笑いながら女子生徒がひとり体育館に入ってきた。

『今ごろ、なにしに来た?』と強面の3年生の言葉に『え〜っ、インターアクト終わってすぐに来たのに、言い方ひどくないですかぁ』と、あっけらかんと笑いながら返している。

『とりあえず10周走ってこい』と言われて、『は〜い』と、走り出した。


『背が高いなぁ』と、金髪?この学校で?と思うほど、傾きつつある西陽に透けて明るい茶色の髪は、キラキラと金色に輝いて見えた。


『こら、松原。しっかり走れ』と声をかけたのは2年生の先輩。

最初に部長との会話から上級生だと思っていたものの、どうやら内部生の1年生だと気づいた。


無理。絶対にあわへんわ。

そんな事を思いながら、その後、トレーニングの道具を片付けて、部室を出た。


先輩には男子が多いものの、1年は女子ばかりになりそうだ。

中高一貫の為に、中学生も一緒にトレーニングしているため、新入部員なのに後輩がすでにいるというのは変な感覚だが、中学3年生は受験組もいるので、男子が不参加。他すべて女子とのことで、周りの男子が騒ぎ立てたとして、実際に泳ぐ時に女子を意識することはない。

 この辺りは、健全な男子であるにもかかわらず、不思議なもんだと、他人事のように思う。


先輩達とは駅まで一緒に歩き、ひとり反対方向の電車に乗っていると、松原さんが突然隣に座ってきた。

スラリとして見えるものの、背が高い分、体重が軽すぎるということはない。

そんな彼女が、勢いよく飛んできたのだ。

この椅子は、高級ホテルのふかふかベッドでは決してない。

たしかによその電車に比べればはるかにクッション性が良い、と、鉄道関係の書籍には書いてあった。

だとしても、だ。

一応、お嬢様学校ということになっている。

(だからこそ、金髪並みの茶色い髪に驚いたのだ。)

また、分別のわからない小学生という訳でもない。


それがいきなり

視界に陰がさした気がして、顔を上げたら

5月に入って合服になった白いシャツに紺色のスカートをはためかして、飛んできたのだ。

文字通りのジャンプ

そのまま空中で回転してきっちりと、おしりからシートに着地。

体は跳ねるものの、両手を広げて10点満点、と言いたいところ、彼女の右手がきれいに胸元を叩いてきた。


『カゲヨシっていうんやんなぁ?』

『水泳部に入るん?』

突然胸に水平打ちを喰らったと思えば、矢継ぎ早に話しかけてくる。

『とりあえず、かげよし、な。』

『イントネーションが違う。うしろあげたら名前みたいに聞こえる。』

『かげよし。うしろ下げて発音して』


『そんなん、どうでもいいやん。さなえは、カゲヨシって呼ぶわ。うん、決めた。』

そう言って、どこか胸をのけぞらして誇らしげに宣言した。

『どうでもいいわ、好きにしいな』と言い放っておいた。



そもそも

初めてのクラブで緊張もあり、先輩とも反対方向になったことで、将来的にはさみしいと思うこともあるかもしれないが、今日に関してはひとりになれて、ほっとしていたところだったのだ。


電車のドアが閉まる。

この駅が始発になる各駅停車は、時にしばらく先の急行停車駅まで先着になる事もあり、ゆっくり座って帰りたい時には、よく乗っている。

また、ほぼ一車輌貸切なんて事もあり、今日がまさに貸切状態だった。



3つ目の駅で、彼女は立ち上がり

降りるのかと思っていたら、おもむろに『立って』と言われたので、反射的に立ち上がってしまった。

『はい』と言われて手を引っ張られた後ろで、電車のドアが閉まる。


『おい』と言いながら、ゆっくりと動き出す電車を見るとはなしに見る

何なんだいったい。

疲れている事、あったばかりで全く知らない人間で、ましてや無理、と思うタイプに引きずり回される感覚は好きではない。

ましてや相手の目線はぼくより上にあるのだ。


『は〜っ』

ため息しか出ない。

『何ため息ついてんの』

『ここで乗り換え。あっち』

そう言って、さらに手を引っ張って歩いていく。

『乗って』

『乗せられてる』

あはは、と笑っている。

何を考えているのかさっぱりわからない。


『さあ、降りよう』

えっと思うまもなく、反対側も開いているドアから出て、駅の椅子に座って、隣に座れとばかりに、椅子をトントンと叩いている。