最近の親は、なっていない。


このような発言を、巷で聞いたことがある人は多いのでは。

私も、てっきりそうかと思って、ずっとふんふん聞いてきた。


しかし、それを言っているのは誰かとじっくり見れば、

私の親ぐらいの年寄りだったり、

子供がいない夫婦だったり、

要するに「他人のことが言いたい」のである。


ということに、はっと気づき、私は反省したのだ。


だって、最近の親の子供たちは、私の幼少時代と、まったくちがうからだ。


私は、年がら年中いじめにあっていたため、

早く学校から帰ることだけ毎日考えていたし、

放課後に友だちと遊びにいった、なんていう経験は、ないそうだ。


習いごとに行けば、さみしくないからと、

家に早々と帰っては、習い事に行ったりして、時間をつぶしていたそうだ。


まさか、習い事が多すぎてイヤだと泣いて、友だちとおたまじゃくしを

つかまえに行きたい!とダダをこねた経験は、ゼロだ。


習い事が多くて友だちと疎遠になり、ストレスで保健室通いが増える、

ことがあるなんて、想定外の話。

(私のイメージによると、保健室は、いじめられっ子が行くところであり、

友だちが多すぎる子が通うところではなく。)


そのくせ、近所の大人の噂ネットワークは濃く、

誰だれが、賢いだの、賢くないだの、誰だれの父親がどうだの、母親がどうだのと

ガラの悪い話ばかりは耳に入ってきていた。


学校に行けば、日替わりランチのように、いじめられる子が変わっていたけど

なくなることはなかった。先生なんて、見て見ぬふりも、はなはだしかった。

巻き込まれるのは、面倒くさい、そう顔に書いてあった。


結局、大人も子供も、他人に関心がありすぎた結果、炎上状態だったのだ。


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他人に関せず自己中心、というけど、

だから、今の子供らは、友だちが多いし、おたまじゃくしを笑いながら

とりにいくのだ。習い事がイヤなぐらいに、友だちと遊ぶのが、たのしいのだ。


我が子の学力のみを心配して伸ばそうとするから、

彼らは、他人と比較されたプレッシャーを感じてひねくれ、やっかみ、人をいじめることもないのだ。


そういう環境をつくっているのは、「最近の親」である。

何が悪い、親の模範だ。


私も、「最近の親」に育てられたく、

最近の親に育てられた子供たちと、学校生活を送ってみたかった。

自由だろうなあ。青空が広がる世界を歩けたかもしれない。


「最近の先生発言」も、巷をにぎわせてるけど、

じゃあ、昔は、どんなに立派だった。と、思うのは私だけか。


昔の人はいい人になっていくし、今の人は悪い人になってしまうのだ。

政治家とおなじではないか。と、ふと、思っただけ。

今の人は、文句を言われることが仕事ぐらいに

思っていたほうが、いいと思う笑。


他人に関心がなくて、どこが悪い。

関心ありすぎは、迷惑でないかい。年寄りの方、いい加減、気づいてください。


あんまり、「一生懸命な」方には、見られたくない、本日の内容。

だまってスルーしてもらえると、ありがたい。

今後、もっと深い現実を知り、考えなんて、あっというまに変わるかもしれないんだし。