最近気になっているのは、コーチのことだ。
あんなにたくさんの人を見ているのに
どうして私にとっての「速い」を言い当てられたのだろう。
テキトーに褒めたのではない、かなり適切なことばだった。
こんなに仏頂面の私も、思わずにやっとせずにはいられなかった。
そして、その次はさらにタイムを伸ばし
私、乗せられた?と思いながらもかなり飛ばせた。
・ただ褒めても余計アダ。その人にとって適切な言葉が投げられるか
・思わずにやっとさせられるか
・にやっとさせた後にもっといい結果を出させられるか
ある人がキロ5分で走ったとき
「キロ5分もかかっとんのか!もっと速く走ろ」が
適切な人とそうでない人がいることをきちんと認識しているかどうか
ということですが、
自分の定規で見ているのか、その人のことをちゃんと見ているか
の差でしょう。
名監督は名選手にあらず のようなことわざがありますが
簡単にいうと
名選手は自分のことを見ていればいい、自分の定規で見ていればいい
名監督は選手のことをちゃんと見て適切なことばを投げ、
選手をにやっとさせてもっといい記録を出させなければいけないということ、
人の遠隔操作である。
名選手は才能あればなれ、なれけばなれないってだけだけど
名監督は心から尊敬してしまいます。
私も名監督にならなければいけません。