私のいままでのお仕事① | For Earth

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今日は私のいままでのお仕事面から自己紹介していきます。

 

 

本当に典型的な凡人だったんですよ。

資本主義に翻弄されてきた人生でした。

 

 

まずは大学です。

明治大学で経営学を学んでいました。

ありがたいことに、そこそこ有名な大学へ入ることはできたのです。


前述したように、学生時代に楽しみがなかった私に残されたことは勉強しかなかったから。



運動音痴じゃなければスポーツやってたかもしれませんが、残念ながらかなりの運動音痴だったのでw、

他に選択肢がなかったのです。

 

 


生き残るために。


 

 

そう、この感情は大学受験後も、いろんな場面で揺さぶってきました。

 

 


まずは最初の就職活動。

 

 

同じ大学出身者はよくわかると思うのですが、コンプレックスの塊が多い環境だったのです。

第一志望の大学(主に早稲田や慶應)に入れなかったという劣等感

 

 

入学してまず驚いたのが、明治大学は第一志望じゃなかった、という話をあちらこちらで耳にするのです。

そしてそこから生まれる連帯感。

 

 

いい意味じゃなく、

みんなと同じであるという共通点に安心する

のです。

 

 

そうした悔しさをバネに、みんなが次に考えるのは大企業へ就職すること。

 

勉強で負けても、仕事では負けないぞという意気込みとともに。

 

親に認めてもらいたいという動機も。

 

 

でも、大企業って結局学歴でフィルターかけたりする仕組みがあり、なかなかうまくいかないのが現状。

 

 

そうして就職活動が終わった頃に起きたこと。

 

 

大企業に内定をもらえた組の優越感と、もらえなかった組の劣等感によるグループ内での分離感。

 

 

いままで友達だと思っていた人が友達じゃなくなる瞬間。

 

 

大学受験で感じた勝者と敗者という自分たちの中での二極化は、一度は同じ劣等感をもつ者同士で仲良くなったと見せかけ、

就職活動でまた二極化したのです。

 

 

大学受験で味わった劣等感を、そこで埋め合わせようとするのです。




 

 

いま思えば、みんな、

自分がされたことを、相手にしていたんですね。

 

 

そして信じていたのです。


 

信じていたかったのです。


 

努力すれば報われるはずなのだ

 

と。



 

 

私は決して大手思考ではなかったけど、授業とかで、やむなくそういったコミュニティーにいなければならないときは苦痛でしかなかった。

 

 

不要な劣等感に巻き込まれて気持ち悪くなっていた。

 

 

でも、本当にやりたいことが見えないまま、学費も全額奨学金に頼っていた私も、

とりあえず、無難な場所を最初の就職先へ選んでいた。

 

 

安定がほしかった

 

 

そうして就職した最初の職場は地方銀行。個人営業。

 

 

資産運用の勉強をしては営業する毎日だった。

数字にも追われていた。


 

 

勉強すること自体は面白かった。

 

勉強する癖は学生時代にしっかりついていたから、気になることは必要以上に調べた。

 

 

金融商品は形のないものだから、実際は「信頼」を売るという「自分が商品」だった。

 

 

だから、売るなら自分が自身を持って売りたいと思って、色々調べた。



 

本を読んだり、ドキュメンタリー映画を見に行ったり。

 

 

でも、調べれば調べるほど見つかる矛盾。

たとえ利回りがよかったとしても、その運用方法がいいものだと思えなかった私は、売ることも苦痛になった。


 

 

 

たとえば、

 

運用方法が開発途上国で水道を引くこと。


 

一見というか売り文句は、開発途上国が便利で豊かになるように支援します、ということ。



 

 

でも、

 

本当にそれがいいことなのか調べていくと、

 

 

水道ができたことで、

 

 

いままでお金のかからなかった水に、お金がかかるようになってしまった。


ますます貧富の差が拡大して、餓死する人々が増えている

 

 

とか。

 

 

インフラがいくら整っても、豊かになっていくのは富裕層ばかり

 

 



 

資本主義って一体何なの?

便利って何?



 

 

 

 

その疑問だけがぐるぐる周り続けていた。

 

 

 

そんな自分に嘘つく働き方が続くわけもなく、

いくら感情を麻痺させていても、体は限界。

 

 

空腹なのに、口に入れると吐き気。

半年で7キロの体重減。

何を食べても味すらしない。

 

 

そんなふうに五感にきたので、救急車で運ばれる前に、銀行はやめて現実逃避することにしたのです。

 

 

 

辞めたときに、母は言っていた。

 

続かないと思っていたよ、と。

 

 

仕事やめていいと言ってもらえたことは本当に嬉しかった。

 

 

でも、なんか母をがっかりさせた気がして、罪悪感だった。

なんだかんだ母に頑張ってる姿を認めてほしかったんだよね。

安心させてあげたかった。



 

 

そんな不発の感情が、また次の就職へとつながっていった。

 

 

つづく



参考資料はhttps://www.uplink.co.jp/bluegold/