ネタバレなり。

『 前日談 』 はここをクリッキュ♪  (アメンバー限定)



夏休みも終わって、少し涼しくなってきたある日の夜。

寮の玄関には寮生全員と千道君、

そして梅さんと冴島先生が集まっていた。

だけど、その雰囲気は和やかなものではなかった。


梅咲  「ちょっとあんたたち!

     こんな時間まで連絡もしないで、どこ行ってたの!?」

亮二  「べ、別に、どこだっていいだろ?」

佑    「あはは、ちょっとだべってたら遅くなったんだ!な?」

冴島  「盗みに入ったって正直に言え」

香織  「盗み!?冴島先生、何があったんですか?」

冴島  「理科準備室に置いてあった天体望遠鏡を、

     こいつら盗み出そうとしてたんだ」

晃    「やだなぁ、ちょっと借りようとしただけじゃな~い」

冴島  「何言ってんだ。黙って持ち出そうとしてただろうが」

千道  「大体、なぜ僕もこんなところに連行されてるんですか?」

冴島  「お前もいただろうが!」

千道  「…………」

梅咲  「呆れた…。どうして望遠鏡なんか…」

佑    「香織にでっかい月を見せてやろうと思ったんだ」

零    「もうすぐ中秋の名月だからな」

香織  「みんな…」


十五夜にそんな嬉しい計画を立ててくれていたことを知って、

私はなんだか胸が温かくなった。


冴島  「そんなもん言い訳にならねえぞ。

     お前ら、覚悟はできてんだろうな?」

晃    「覚悟…?」

冴島  「お前ら6人には、

     来週から始まる農業体験学習に言ってもらう」

全員  「ええ!?」

冴島  「候補のヤツらが行くのごねててな、

     代わりにお前らが行って来い」


(その日って十五夜?

そしたら一緒にお月見できなくなっちゃうかな…)

私は一緒にお月見をしたかったあの彼の事を考えていた。


啓一郎 「大体、そんな事あんたが勝手に決めていいのか?」

冴島  「当たり前だ。農業体験学習の責任者は俺なんだからな」

全員  「………」

冴島  「というわけで夏男、こいつら借りてくぞ」

梅咲  「まぁ~、久しぶりに羽が伸ばせるわ~♪」

香織  「冴島先生、あの…」

冴島  「どうした?」

香織  「私も、その体験学習について行っていいですか…?」


少しでも彼と一緒にお月見がしたい、その思いで、

私はみんなと一緒に農業体験学習へ行く事にした。



十五夜の日、私たち寮生と千道君、冴島先生の一行は、

学校から車で2時間ほど離れた農村にいた。


みんなが外で田んぼの稲を観察している間、私は農業体験をさせて

もらう農家に上がらせてもらって、元気のいいおばあさんから色々と

話を聞いた。村には若い女の子がほとんど居ない事や、どうやら

札付きの不良がいるらしいことを聞いて、ちょっと不安になってきた。

(何かトラブルが起きないといいけど…)


オバサン 「ところで、あんたべっぴんさんね!ここら辺は嫁不足でねぇ

     あんたみたいな子が来てくれると助かるんだけど」

香織  「ははは…。そ、それじゃ、そろそろ私もみんなのところに…」

オバサン 「そういえば、あんたはあの子達の手伝いで来たのよね?

     誰を手伝うんだい?」

香織  「えっと私は…零の手伝いをしようと思ってます」

オバサン 「ああ、あの眠そうにしてた子ね」

香織  「あはは、やっぱりそう見えますよね…」

オバサン 「それじゃ、眠気覚ましに

     ちょうどいい仕事をしてもらおうかしらね」

香織  「眠気覚まし?」

オバサン 「それじゃ、付いてきて」


おばさんはそう言って立ち上がると、縁側から外に下りていって、

私もその後に続いた。


オバサン 「ちょっと!そこの眠そうなお兄ちゃん!」

おばさんに呼ばれた零は、

やっぱり眠そうな顔をしてこっちにやって来た。


零    「眠そうなおにいちゃんって、俺のことか?」

オバサン 「あんたしかいないでしょ?あんたとお嬢ちゃんには、

     鶏の餌やりと、卵を集めてもらうことにしたわ」

香織  「鶏の卵集めですか?」

零    「面倒だな」

オバサン 「ほらほら、それじゃ、あっちに鶏小屋があるから宜しくね。

     割らないように気をつけてよ?」


おばさんに仕事を言いつけられた私と零は、

2人で裏手にある鶏小屋に向かった。

鶏小屋を覗いて見ると意外に広くて、20羽以上の鶏がいた。

ヒョコヒョコと歩き回る鶏もいるけど、ほとんどの鶏は

ワラの上にいて、私たちを警戒するようにコッコッと鳴いていた。


零    「いっぱいいるんだな…。卵、全部で何個あるんだろう…」

香織  「とりあえず、中に入ってみるね」

鶏の視線を感じながら、私は小屋に足を踏み入れてみた。すると、

一斉に激しい鳴き声を浴びせられて、私は慌てて外に逃げ出した。


香織  「や、やっぱり警戒されてる!これだと近づけないよぉ…」

零    「簡単な仕事じゃないってのは、本当だったな…」

しばらく小屋の前で騒ぎが収まるのを待っていたけど、

鶏の警戒は緩むことがない。


零    「このままこうしていてもラチが明かないな。よし…」

意を決した零は、ゆっくりと小屋に足を踏み入れた。

だけど、なぜか鶏は騒ぐことなく、静かに零を見つめている。


香織  「あれ?私の時と反応が違う…」

零    「大丈夫みたいだ。餌をあげてみるか」

零は近くにあった袋から餌をひと掴みすると、

鶏を誘い出すように餌をまいた。すると、それまで

ジッと動こうとしなかった鶏が立ち上がって、餌に群がった。


香織  「すごい!零には警戒心がないみたい!」

零    「俺が引き付けているうちに、あんたは卵を集めてくれ」

香織  「う、うん!」

鶏は餌と零に(?)夢中で、

私が卵に手を伸ばしても大人しくしててくれた。

そのお陰で、スムーズに全ての卵を集めることが出来た。


香織  「全部集めたよ!ほら、こんなにたくさん!」

零    「タイミングばっちりだったな」

香織  「零が鶏を引き付けてくれたからだよ」

零    「あんたの手際もよかった。

     俺たち、卵集めのいいコンビなのかもしれないな」

香織  「えへへ、そうかも…」

(卵集め以外もいいコンビになりたいな…)

オバサン 「あら?もう終わったの?」

香織  「はい!なんか、あっさり終わっちゃいました」

オバサン 「まぁ珍しいわね。うちの鶏って、

     知らない人がくると騒いで近寄らせないんだけど…」

香織  「零の前では大人しかったんですよ」

オバサン 「鶏まで寄ってくるなんて、かなりの色男なのねぇ。

     この仕事、向いてるんじゃない?」

零    「鶏に好かれてもな…」

オバサン 「そうだ、あんた達息も合ってるみたいだし、一緒にこの村に

     住みなさいよ。きっと、鶏もたくさん卵を産んでくれるはずよ」

零    「鶏はともかく、香織と一緒なら、俺はそれでいい」

(うふふ、2人でこんな生活をするのも楽しいかも…)


零と2人、のどかな田舎でのんびりと野菜を作って、

鶏やヤギなんかに囲まれて過ごす毎日…。

すぐに暗くなるから、夕食を食べ終わると二人っきりで

静かな夜を過ごすことになって…。


香織  「2人っきりの静かな夜…」

零    「静かな夜がどうした?」

香織  「あ…!な、なんでもないよ!あはは…」

零    「そうか…」

(何て妄想しちゃったんだろう…)

こうして、早めに作業を終えた私たちは、

みんなの仕事を手伝うために田んぼに戻った。



それぞれの体験学習を終えた私たちは、

ヘトヘトになってお家まで戻ってきた。

佑    「うへぇ…、マ、マジでしんどい…。もう歩けねぇ…」

晃    「俺は腕がパンパンだよ…」

亮二  「これのどこが体験学習なんだよ…。

     しっかり農作作業させやがって…」

冴島  「農業の大変さが分かっただろ。体験学習の狙い通りだ」

千道  「あなたは突っ立ってみてただけだから、

     本当の大変さなんか分からないでしょう?」

冴島  「バカ言え。手伝いたい気持ちを

     押し殺すのも大変なんだぞ?」

啓一郎 「嘘くさいな…」

(みんな、すごく疲れてるなぁ。本当に大変だったもんね…)


オバサン 「今日は大変だったねぇ。

     ご馳走を用意してるから、たんと召し上がれ」

佑    「ご馳走!?どこ?どこにあんの!?」

佑はご馳走と言う言葉に反応して、

すごい勢いでお家の中に入って行った。

零    「歩けないとか言ってなかったか?」

晃    「ご馳走って聞いて回復しちゃったんだね」

佑だけじゃなくて、みんなもようやく夕飯を食べられることで、

表情が明るくなった。和やかなムードでお家に入ろうとした時、

おじさんが慌てて帰ってきた。


オジサン 「すまんが、飯の前にもう一働きしてくれんか?」

佑    「へ!?」

冴島  「何かあったんですか?」

オジサン 「鶏が一羽、逃げ出したみたいでな。

     手分けして探してもらえんかな」

香織  「え?あの鶏が?」

オバサン 「変ねぇ…。誰かが逃がしたのかしら…」

オジサン 「どうせ、どっかの悪がきがやったんだろう」

佑    「え~、せっかく飯にありつけると思ったのにぃ…」

啓一郎 「少しくらい我慢しろ」

亮二  「じゃーねぇな。さっさと見つけてやろうぜ」

こうして、私たちは脱走した鶏を探すことに。

私は零と一緒に、近くに広がるススキ野原を探しに向かった。


ススキ野原と呼ばれる場所に着いてみると、

その広さに私たちは圧倒されてしまった。

零    「この中から探すのか…」

香織  「夕飯は、しばらくおあずけかもね…」

零    「ああ… まぁ、探すだけ探してみるか」

香織  「二手に分かれた方がいいよね?私はあっちの方探すね」

向こうの方に向かって歩き出そうとした時、零が私の腕を掴んだ。

香織  「え…?」

零    「あんたまで迷子になったら困る」

香織  「う、うん…」

結局、私たちは手を繋いだままススキ野原を歩いて、

鶏を探し始めた。だけど、零と手を繋いでいると、探す事に

集中できなくて、つい零の横顔を眺めてしまう。

(なんだかデートしてるみたい…)


零    「ん?鶏いたの?」

香織  「え…、えっと、まだ見つからない…」

零    「そうか…」

その後も鶏はなかなか見つからず、

いつの間にか辺りは暗くなっていた。


香織  「夜になっちゃったね…」

零    「これじゃ、とても見つかりそうにないな…」

月明かりの下、2人でとぼとぼ歩いていると、

そこだけススキが生えていないくぼ地を見つけた。

零    「ちょうどいい。ここで休むか」

香織  「でも、探さなくていいの?」

零    「これだけ暗くなったらもう無理だ。

     きっと他の場所で誰かが見つけるだろう」

いつもどおりの楽観的な零は、すぐにくぼ地に腰掛けると、

そのまま寝そべってしまった。私も手を引かれて、

零の横に添い寝するような格好になった。


零    「ちょうど月が見える。月見には最適な場所だ」

香織  「う、うん…、そうだね…」

夜空には真ん丸な月が浮かんでいるけど、私に月を眺めている

余裕はなかった。密着するように2人は寝そべって、右手には

零の手の温もりを感じる。ちらっと見た零の横顔は、月明かりに

照らされて神秘的なほどきれいだった。


(ど、どうしよう…。ドキドキして、じっとしてられない…!)

零    「不思議だな」

香織  「え…?」

零    「十五夜になると、きちんと月は満月になる。

     人間が月を見始める前から、ずっと変わらずにな」

香織  「うん…」

零    「きっと千年後も、同じように丸く輝いているはずだ」

零は私のドキドキには気付かずに、

とても大きなことに思いを巡らせていた。

香織  「来年の十五夜も、私たちは満月を見てるのかな…?」

零    「五年後も、十年後も、俺はあんたと月を見ていたい」

香織  「零…」

零    「月に照らされたあんたは、すごくきれいだからな」

零の声が近くなった気がして視線を移すと、

すぐ側に零の顔があった。

香織  「零…?」

その瞬間、それまで私たちを照らしていた月が雲に隠れて、

辺りが真っ暗になった。何も見えなくなったと思ったら、

唇に一瞬だけ何かが触れた。


(え…?)


   かおりんごの妄想部屋。


すぐに雲は流れて月明かりが戻ると、

零は私を覗き込むように身ながら、いたずらっぽく笑っていた。


香織  「零…、今…」

零    「知りたい?」

笑顔を消した零は、

今度は月明かりがある中でゆっくりと顔を近づけた。


零    「分からなかったなら、もう1回…」

(あっ…、やっぱりさっき触れたのは零の…)

その感覚を確かめるために、

私は目を閉じてその瞬間を待った。


  コケコッコーッ!


香織  「え!?な、何?」

慌てて周りを見渡すと、すぐ近くに探していた鶏がいた。

零    「こいつか…」

香織  「あはは…、ほんとだね…」

鶏は逃げることなく近づいてきて、寝そべる零のお腹に飛び乗った。

そして、気持ち良さそうに喉を鳴らしながらしゃがみこんだ。

香織  「あはは、すごく幸せそう」

零    「まさか、俺の上で卵を産むんじゃないだろうな…」

香織  「もしかして、零に会いたくて脱走したのかも…」

零    「…………」


佑    「確かここら辺から鶏の声が…

     うお!お前ら何やってんだよ!?」

佑の声がして振り向くと、みんな揃って私たちを見下ろしていた。

亮二  「俺らが必死で探してるってのに、

     2人でいちゃつきやがって!」

晃    「ちょっと、ちょっと!抜け駆けはないんじゃない?」

零    「サボってたわけじゃない。これを見ろ」

零はお腹の鶏を持ち上げてみんなに見せた。

啓一郎 「なるほど…。しっかり見つけてたんだな」

千道  「釈然としませんね…まさか、2人っきりになるために、

     わざと鶏を逃がしたんじゃないでしょうね?」

佑    「な、何だと!?それってほんとかよ!」

零    「そんなことしなくても、いつでも2人っきりになれる」

香織  「零…」

晃    「一本取られちゃったね、千道ちゃん」

千道  「クッ…」

零    「さて、鶏も見つかったし、ご馳走を食べに帰るか」

佑    「あ!そうだった!ご馳走め~、待ってろよ!」

零の言葉で空腹を思い出したみんなは、一斉に農家に向かって

走った。私たちもその後に続きながら歩くけど、私はさっきの事で

まだドキドキしていた。


(やっぱり、キス、だったんだよね…)

零    「どうしたの?」

香織  「う、ううん、何でもない!」

まだ唇に残る感触が、今も胸を熱くしている。

(鶏に邪魔されちゃったけど、また、ちゃんと、できるよね…)


月がその日を導いてくれるような気がしながら、

私たちはススキの間をゆっくりと歩いた。



かおりんごの妄想部屋。    かおりんごの妄想部屋。