富山の五箇山と白川郷の合掌造りの
構造の家屋についてなぜ世界遺産登録するほどの構造の家屋が誕生したのかというと
日本戦国時代の武器生産火薬生産に関係していたそうです
合掌造りの特徴は大家族制大きな家に大家族が住むことですそしてそこから大量の糞尿出すことで
火薬製造をしていたのです
ポルトガル鉄砲伝来ではなくすでに日本国内には早くから鉄砲は伝わっていたそうですが
鉄砲に必要な火薬作る技術が未だ必要なだけだったのです
それは中国が発明したものですから国家秘密だった
日本は教えてもらえなかったヨーロッパは教えてもらえなかった
だから日本には鉄砲は普及しなかったそうです
火薬は黒色火薬のみでした日本には硝酸カリウムが採れないのです
堺大阪は貿易港で硝石輸入可能だったのがそれが強みで大きくなれたのですよね
その後国産硝石が出来ますそれには
トイレが必要でした
ヨーロッパも海外から輸入出来るようになるまでトイレを利用していたそうです
白川郷は幕府直属の天領でした五箇山は加賀藩に含まれる加賀藩は幕府にも火薬を献上するが加賀百万石は
この火薬製造だったのですよね
そんな硝石製造も明治になってチリから大量のチリ硝石が輸入されると国産硝石の製造は消滅してしまった
ということです