今年もいつの間にか

紫陽花の季節になった。

 

紫陽花を見ると今はまだ

あのことしか思い出せない。

 

一年前の今日。

怒涛の日々が始まった日だった。

 

2017年5月24日

 

夫と夕飯を済ませ、いつものようにTVをみていると

母から突然の電話。

 

「お父さん、○○駅のそばで倒れたって

救急隊員の人から電話があって

今から病院行ってくる、かおりは来なくて大丈夫だから」

・・・と。

 

これまでも外出先で何度も倒れていて

(事後報告として母から聞いていたけど)

その時は、とても嫌な予感がして

すぐに、家を飛び出して搬送先の病院へ向かった。

 

病院へ到着したのは22時30分頃。

 

誰もいない病院の長椅子に

母がひとりぽつんと座っているのが見えた。

 

「お母さん!」と声をかけたら

とても驚いて「来てくれたの?」と

(心細かったのだろう・・・)

少しはホッとしてくれたようだった。

 

 

処置室へ行くと父は朦朧とした意識の中、横たわっていた。

「さむい、さむい」(・・・と言っている)

あきらかに呂律困難になっている。

相当よくない状態だなと感じた。

私の存在は理解できているようだった。

 

父は脳梗塞(心原性脳塞栓症)だった。

小脳が壊死していた。

糖尿病ほか、色々な病気を抱えていた。

 

 

 

 

日付が変わったころ、

「このまま入院になりますので」と言われ

手続きなど済ませ全て終わったのは夜中の2時半くらい。

 

病院にあるTAXI無料呼び出し電話で手配して

母と家に戻ったのは夜中の3時をまわっていた。

 

翌日も朝から病院で医師からの説明や

諸々の手続きだ。

 

これからどうなるのだろう?と

不安で押しつぶされそうだった。

モヤモヤしたまま

何とも言えない疲労感の中、数時間眠った。

 

 

父が亡くなる昨年の11月30日、

義母が亡くなる12月15日までの病院生活。

 

怒涛の日々を終えた今、一言で言うならば

自分にとって人生の中で一番

精神的に堪えた時間だった。

 

 

大切な父との最期の思い出としても

自分の感情を忘れないためにも

今後も綴りたいないなと思います。