
カオリです、皆さん本当にお久しぶりです。
ブログは2020年1月に終わっていますね。
私が突然更新しなくなって、
一体どうしたのだろう、と思っていた人も多かったでしょうね。
実は皆さんに黙っていましたが、2017年に主人が肺がんとなり、
ある医師に「余命4ヶ月」と言われました。
そこから私は日本中のがんの名医を探して、
主人の看病を続ける毎日となったのです。
そして20人のセカオピを取り、3年以上も無症状のまま延命できて、
沢山の思い出を作り、主人は2020年4月に旅立っていきました。
その時のことをFBに書いてあるので、こちらに転載しますね。
長くなります。
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【主人肺がんで他界のお知らせ】(2020年4月下旬)
こんにちは、カオリです。
今日7月26日は、私達の31回目の結婚記念日です。
五輪のフェンシングの準々決勝が当選していて、
幕張メッセ会場に二人で観に行き、記念日を祝う予定でした。
しかし、もう彼はいません。
一部の皆様には先行して個人的にお伝え致しましたが、
主人マサは3年前、2017年夏の健康診断で右肺に4cmの影を認め
がん研究所有明病院名誉院長、呼吸器外科センター長を紹介され、
右肺がんステージ3A リンパ節転移あり と診断されました。
その際右肺のほとんどを摘出する手術を提案され、
それを断り、放射線と代替療法を選択致しました。
その後無症状のまま治療を続けて来ましたが、1月にコロナ騒動となり、
続けていた遠方での代替療法に、コロナ感染防止の為通えなくなり、
症状悪化の為3月に入院、4月下旬に都内病院で他界致しました。
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【経緯】
彼は中学時代から20代前半まで凄いヘビースモーカーで、
それが原因の一因だったのかも知れません。
(日本で一番自由と言われる校則のない中高一貫校で、
屋上に先生が水の入ったバケツを置いているような六本木の学校だったので、
みんな有栖川公園でタバコを吸っていたのです。
定期的に警察沙汰が起こっていましたが、クラスの半分が東大を受けるような学校で、
内閣にも出身者が何人もいます。
主人の学友もいます。ヤンキー中学ではありません(ヤンキーですか?と言う質問があったので…))
最終的に診察、診断、セカオピ、アドバイスを受けた医師は、20人にものぼりました。
国内の有名ながん専門医には、殆ど会ったと思います。
医療ライターと話しているようだ、と医師に言われるほど、がんに詳しくなりました。
2018年1月にはステージ4となり、
余命は2018年夏を越せないと言われました。
しかしあらゆる手で延命に延命を重ね、
翌年2019年8月まで、彼は無症状で生活しておりました。
誰も病人とわからなかったと思います。
がんと見破った人もひとりもいないし、
がんを知らせた業界関係者に会っても
「なんだ、全然大丈夫じゃないですか」って
あまりになんともないから、みんな拍子抜けで。
がんになると言う事は、本当に想像と全く違いました。
色々なパターンがあるんだなと思いました。
彼ががんと判明して、既に右肺腫瘍もかなり大きかったので、
私は生活の全てを、彼の治療を支援・優先する体制に切り替えました。
その為この3年間はあまりお仕事に対応できませんでした。
皆様にご迷惑をお掛けして、誠に申し訳ありませんでした。
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去年の今日30周年を迎えられた時は、
本当によく持ってくれたと夢のようでした。
しかも無症状のまま健康に暮らせていたので、
本当に有り難かったです。
彼に30年間添い遂げられて、翌年の今年、
最後まで何不自由なく送り出す事ができました。
この3年間の学びは言葉にできないほどの充実があり、
1年が10年ぐらいに感じられました。
私の生涯の財産になると思います。
余命を大幅に超えて生きてくれたので、様々な準備もでき、
行きたかったフェスも旅行も沢山行けて、大満足でした。
ただ2つだけ。1月からコロナ騒動となり、3月に行く予定だったNY、
そして8枚当たっていた五輪に行けなかったのだけが残念です。
まさか2020年がこんな年になるとは思いませんでした。
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彼とは資生堂のCMを作る仕事で色々話すようになり
3ヶ月で結婚したのですが、
理想の人に向こうから、
一目見た時から結婚相手だと思ったと言われすぐに結婚したと言う、
そんなありがたい馴れ初めでした。
その間色々な事がありましたが、30年間添い遂げて思うのは、
結婚とは、何があっても離れ難い、固い絆のある運命の相手とするのが
結婚だと言うこと。
何があろうと一緒にいるしかなかった、
それが結婚の全てだなと。そう思いました。
彼は私達の関係を
「赤い糸どころじゃない。どうあがいても切れない、真っ赤なぶっとい鉄パイプ」
と言っていました。
今まで会った人間の中で、私が一番好きだと言ってくれました。
本当に有難い事です。
私もこんなに話が合う人は会ったことがなく、
本当に縁深い二人だったと思います。
彼は本当に人気のある人で、でも誰にも会わず、
私とだけずっと一緒にいました。
世界に二人しかいないような30年間だったかも知れません。
闘病を支え、何不自由なく送り出せて、
やり遂げた感のようなものも感じています。
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そして実は、彼がいなくなった、と書きましたが、
実は全然いなくなった気がしなくて、
彼がいなくなったらどうなるのか心配しましたが、
未だに間違いなく側にいるとしか思えず、
日々一緒に暮らしてるような感じなのです。
今でも彼とのストーリーが続いています。
なので全然寂しくありません。
彼は自営だったので、私達は一緒にいる事が多く、
30年間しか一緒にいれませんでしたが、
普通の夫婦に比べると、実質90年分ぐらいは一緒にいたと思います。
彼は私の人生で出会った誰よりも面白い人で、
この30年間は、彼が作ったテレビのチャンネルをずっと見続けているような、
竜宮城に行っているような、そんな30年間でした。
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そして彼がいなくなった後に私を待っていたのは、
今までと平行世界のような、知らなかったまた別の最高の生活でした。
こんなに一人暮らしって最高だったの!? と驚くほど、
快適な毎日を過ごしています。
心配しましたが、なんのことはない、
最高からまた別の最高へ移ったと言う事です。
本当に驚いています。
最愛のパートナーが亡くなったからと言って、
不幸になるわけではないんですね。
私は大丈夫です。ご安心下さい。
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闘病、入院中は本当に様々な奇跡が起き、それも凄い体験でした。
機会があったらどこかに書きたいと思います。
遺言は「愛してる」でした。
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皆様、生前はマサと仲良くして頂き、
また大変お世話になり、本当にありがとうございました。
心から感謝しております。
どうか今後ともカオリを、よろしくお願い致します。
ありがとうございました。
kaori.mindmagic
★2020/3/25, 撮影の為入院先から外出した時の写真です。
亡くなる約1ヶ月前ですが、病人には見えなかったと思います。
★主人は本当に顔も中身もスヌーピーにそっくりで、
このアニメと本当に同じ人でした。
物凄く面白い名作なので、ぜひご覧ください(ノ∀`)
https://www.nicozon.net/watch/sm38493084
【写真アルバム】2019年は結婚30周年
https://www.facebook.com/media/set/...
★FBから転載
メルマガにつづきます




































