昔、『思い出』は、日常とは違う素晴らしい事が起こる時に出来るのだと思っていました。
でも今は、日常の些細な出来事が重なって『思い出』になっていくんだなと思えます。

残り少ないだろう祖母との時間を過ごしながら、そんな事を考えました。


『ありがとう』『大好きだよ』って聞こえたかな。
幸せな思い出ばかりだと良いな。
書き留めないと忘れてしまう。

忘れるということは、理解していないということだと思うけれど、

考える事を繰り返すことは、力になる。
病院での診断を経ても尚、どのように付き合って良いかわからない。

医学的根拠がない等、ネットには色々と書いてある。

もがいてもがいて手にした答えは、

『実は、病名の陰で安心したいだけなのではないか。』

『免罪符のように持っていたいだけなのではないか。』

そんな、新たな悩みを持ってきた。