休日の私のルーティンは、自宅アパートのジムで筋トレをし、そのまま屋上のプールとサウナで自分を甘やかすことである。

 

プノンペンの空の下、サウナでじっくり汗をかき、「あぁ、極楽極楽」と水風呂代わりにプールを楽しんでいた、その時であった。

ふと横を見ると、隣の建物から真っ黒な煙がモクモクと立ち上っているではないか。

「おや、穏やかではないね」

 

サウナ上がりのぼーっとした頭で、とりあえず自分の部屋のフロアまで降り、窓を開けて外を確認してみる。

すると、道路を挟んだ向かいにある廃墟の二階から、なかなかの勢いで火が出ているのが見えた。

 

ここで驚いたのが、近隣の対応の速さである。

向かいの廃墟のさらに裏手にある大きなアパートの人たちが、迷わず消火ホースを引っ張り出し、シュバーッと放水を始めたのだ。

 

こちらのアパート(いわゆるマンション)には、要所要所に消火ホースがむき出しで備え付けられている。

消火器のように「ピンを引き抜く」という、いざという時にためらわれる高いハードルもない。電車の緊急停止ボタンをガラスごと突き破る勇気もいらない。ただホースを引いて出す。高層住宅が多い海外ならではの、この「誰でも使える感」は、個人的には非常に合理的で面白いと思う。

 

しかし、相手は廃墟である。

壁はないがガラクタが山積みで、しかも屋根がある。上からいくら水をかけても、屋根に阻まれて肝心の火元に届かないのだ。

 

そうこうしているうちに風に煽られ、火の勢いが増してきた。

「おいおい、これ、道路を飛び越えてこっちまで来たらどうするんだい」

と、不安がよぎったその時。ここからがカンボジアの真骨頂であった。

 

どこからともなく近所の人たちがワラワラと集まり、ごく自然に「バケツリレー」が始まったのである。

その数、およそ二、三十人。

 

各階のベランダからホースで水をぶちまける人、煤(すす)にまみれながらバケツを繋ぐ人々。

プロの消防隊が到着するよりも早く、近所の人たちの「圧倒的な野生のマンパワー」によって、火は見る見るうちに鎮火していった。

 

ようやくサイレンを鳴らして消防車がやってきた頃には、現場はすっかりお片付けモード。

遅れてやってきた消防隊が中に入るのを、私たちは「お疲れ様です」と見守るしかなかった。

 

ふと、その消防車の車体を見て、私は思わず二度見した。

 

そこには見慣れたフォントで、誇らしげにこう書かれていたのだ。

『江東区』

 

まさか、カンボジアの路地裏で、日本の江東区からの寄贈品に出会うとは。

煤にまみれてバケツを回すカンボジアの民と、少し遅れてやってきた江東区の消防車。

 

プノンペンの空の下、どこか遠い日本の下町の風を感じながら、私は「とりあえず家が焼けなくて良かった」と、サウナ上がりの体に再びじっとりとした汗をかくのであった。

 

 

 

 

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