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the kaonic world   ~そんな日々を覗いてみて~

kaon31歳、結婚もうすぐ2年でベビ待ち中。

オンナとして、目指す生き方模索中。

36.45℃

基礎体温は相変わらず不安定ですな。

妊娠解禁待ち中の私たち。

その間にできることを探し中の私たち。

元々旅行が大好きなので、とりあえず今月末、天使ちゃんたちが旅立ってから1カ月のとき、温泉旅行に行くことになっている。

手術直後は夏の海外バカンスなんて考えられなかったんだけど、職場の人たちの影響もあり、やっぱり行きたいななんて思って、遅ればせながら10月の連休なんてどうかしら?って計画し始めていた矢先。


また、あなたなの??



インフルエンザくん・・・。



今年の5月末、ソウル旅行を予約していたのに、思いがけず新型インフルエンザが大流行し、日本は感染列島と化したおかげで、泣く泣く2日前のキャンセルを余儀なくされた。

何とか沈静化した1ヶ月後に決行したんだけどね。


そしてここにきてまた流行宣言。

とはいえ、前回とは違い、すでに国内での流行なので、もはや海外旅行云々の次元ではなくなっているのでは。
と、結構楽観的に見てたんだけど、ここにきて夫。
「気になるのはインフルエンザだけやな~」


なんですと?


私の頭の中はすでに、バリにしようか、ハワイにしようか、どのホテルにしようかってなことでいっぱいだったのにもかかわらず、今さらそんなこと?

一度そう言われてしまったら、どんなに妥協されても嬉しいはずはなく。

当然インフルエンザも沈静化するわけもなく。


「結論は伸ばせないの?」


とか言われても、伸ばしたところでインフルエンザはさらに流行し、飛行機の空席ホテルの空室はなくなる一方じゃないか。

それに、結論を先延ばしにした揚句に「やっぱり行かない」ってなったときの落胆たるや!

少し考えて私は気がついた。

海外旅行に行けないことが不満なのではない。

期待を裏切られたり、落胆させられたり、もうこれ以上、そんな目に合いたくないだけだ。

行かないなら、今、行かないと決める。

曖昧にして、明日一日微妙な期待をするだけ無駄だ。

未来に抱いた期待が裏切られることは、今はいつも以上につらい。

この間のコッピーじゃないけど、いろんなことが流産体験に結びついてきて、必要以上に悲しくなってしまう時期だ。

バリのヴィラか、ハワイのビーチで思い切り無になってリラックスしようと思っていたこの気持ちはどこにやればいいのやら。
36.70℃

今日は19日目の術後検診。
前回の検診で、まだ子宮の収縮が弱いとのことで、また来週~ってなったから、今日こそで終わりかなって思ったんだけど、まだもう一息ということで来週で終りになりそうだ。
まだ微量の茶オリも続いているし、早く完全体に戻りたいわ~。

なんせ朝から眠い一日だったよ。

昨日基礎体温がガクンと下がったのもあり、実は排卵期?とも思ったんだけど、エコーを見ても先生は何も言わず。
タマゴらしきものも映ってはいなかった。


今願うことは、早く次の生理が来て、妊娠できる状態になって、またチャレンジしていくこと。
36.70℃

流産したことを励まそうとしてかどうかは分からないけど、10日位前、職場の友人がコッピーという小さな魚をくれた。
グッピーみたいなんだけど、ちいさな蓋付きビンの中にいて、1週間に1,2回エサをあげればいいというもの。
今まで生き物をあんまり飼ったことない夫婦だったんだけど、初めて見る小さな魚に夫も嬉しそうで、自らエサをやったりしていた。

それなのに。

14日の日、そのうちの一匹が死んでしまった。

そして。

翌15日の夜、もう一匹も死んでしまった。

プレゼントしてくれた友人宅にもコッピーがいるらしいんだけど、1週間以上エサをやらなくても元気らしい。
だから、買った時点で家のコッピーたちが弱っていたとしか考えられないんだけど・・・。

でも、小さなビンの中で仲良く泳いでいた2匹のコッピーが次々と息絶えて行く様は、まるで2週間前の自分のお腹の中を目の当たりにしたようで、一気に悲しみが湧いてきた。
すでに薄暗くなってきていたので、夫に「暗くなる前に同じところに埋めてきてあげて」と言うと、何だか不機嫌な様子。
しばらくして渋々とした感じで埋葬しに行ってくれた。
その間も涙が出てくる。
帰ってきた夫に「ありがとう」と言うと、「命に敏感になってるのはわかるけど、そんなに悲しむくらいならなぜちゃんと世話しなかったんだ」と言われた。

驚いた。

先日優しい言葉をくれた夫は、今こうして悲しんでいる私の気持ちも当然分かってくれていると思っていたのに、まさかの怒りの言葉が返ってきた。
ショックで私はさらに泣くばかり。
「どうしてそんなことを言われないといけないの」ということを返しても、泣いてばかりの私にうんざりしているようだ。
確かにコッピーが来てから私は一度もエサをあげてはいない。
でも、それは夫が自らいつもエサをあげていたからであって、自分も楽しんでたんだからそれでいいじゃんって。
さらに夫は庭の草木や部屋の観葉植物に水をやらないことまで持ち出した。
それはいつも私が水をあげている姿を見ていないだけなのに。
若干焦点の外れた怒りは、まるで私の不注意が流産を招いたかのように聞こえてきて、一気に絶望的になった。
それでなくても情緒不安定は続いており、日常のちょっとしたことでもイライラしたり、涙が止まらなくなったりしているというのに、そんな中唯一の味方であると思っていた夫からの突然の怒りはまるで裏切りのようにも聞こえた。

途方に暮れた私は一人ベッドルームへいき、さらに泣き続けた。

もう何が悲しいのかもわからない。

未だに心拍停止を告げられた時の状況を思い出す。

弟夫婦の子供たちを可愛がる両親の姿に嫉妬する。

能天気にも職場に自分の子供(2歳)を連れて遊びに来たりする職場上司の奥さんに苛立つ。

ベビ待ちの同僚を一緒に応援できない自分に腹が立つ。

友人の妊娠を喜べない。

本当だったら妊婦としてこの場にいたのに、と折に触れては卑屈に思う。


自分の周りにいるすべての人が憎く、敵にさえ思えてくる日がある。

そんな葛藤の中での夫のコトバ。


しばらくして夫が部屋に入ってきた。

夫も泣いていたようだ。

夫は私の肩を抱いて、自分も辛く苦しいがやっぱり私と全く同じ悲しみまでは分かりきらないのかもしれないこと、それでも最大限努力して共有していきたいこと、私がどんなに周りを嫌いになっても、自分(夫)のことを嫌いになっても、自分は私のことを好きでいるということ、何よりも私の悲しむ姿を見ることが辛いこと、を話してくれた。

夫も池川先生の本を読んだ。

そこには赤ちゃんが自らの意思で、空に帰って行くんだと記されている。

私はそのことをポジティブに受け入れていた。
意味がある流産であって、何かを教えに伝えに来てくれたんだと。

でも夫の受け止め方は、もしそれが本当なら納得できない、と。
私をここまで悲しませているのに、自分で帰って行くなんて納得できない、と。

2人の受け止め方は違って当然だ。
それを聞いて、私は特に自分の意見を言わなかった。
今はまだ、お互いにそれぞれの気持ちを整理しきれていないからだ。

ただ2人とも、普段は笑って楽しく話しているけれど、心にはお互い大きな傷を持っていて、日々それと向き合っているんだと思った。
それは母体であった私の方がより複雑で深いものなのかもしれない。
だけど、そんな私を守ろうとしてくれている夫の心境もまた違った意味で複雑なのかもしれない。

そんなまだまだ不安定な2人の波長がちょうど狂った夜だった。

その後きちんと謝罪し合った。


一つ乗り越えたと思ったら、また次のハードルが立ちはだかる。
一つ次の光が見えたと思ったら、また新たな雲が押し寄せてくる。

いつまで続くかも分からないこの試練。
天使ちゃんたちは、これもまた私たち夫婦を選んでこそ、与えてくれたんだね。
辛くて悲しい試練さえも、与えてもらったことを喜べる日が来るようにまたがんばるね。
私たち夫婦はたくさんの涙とともに成長していきます。

いつか会えるその日のために。