メルボルンの旅行代理店でアテネ行きのチケットを買った。
「アデレードの間違いじゃないの?」と何度も聞かれたこと、そのときオーストラリアのビザは残り2週間くらいしかなく、直前のチケットだったのでやたら高かったことを覚えてる。
シドニー、シンガポール、バーレーン、そしてアテネ。
4回の乗り継ぎを経て、やっと辿り着いた。
「どうしてギリシャなの?」
「そこにギリシャがあるから」
それだけのこと。
オリンピックを1年前に終えた街は、想像以上に煩雑としていた。
その日の宿の当てもなく、大きなリモアのキャリーを引いて街を歩いた。
インフォメーションセンターでホステルの情報をもらい、直接赴いた。
何とかベッドを確保。
古いビルにあるそのホステルは、オーストラリアのそれとは大きく違い、本当にベッドと水道しかないシンプルな設備だった。
アメリカ、カナダからの旅人が多いのも大きな違いだった。
街を歩き、ケバブを食べる。
工事中のパルテノン神殿を見る。
ギリシャの男は何かと話しかけてきて、おまけにしつこい。
アテネは好きになれなかった。
アテネに罪はなかったのだろうが、それを受け入れる余裕が自分になかったのだと、今になって思う。
アイランドホッピングをしてみようと、荷物をまとめてフェリーに乗る。
長い船旅のあと、行き着いたのはサントリーニ島。
たくさんのホテルの客引きが港にいる。
その一人についていくと、きれいだが地下の暗い部屋に案内される。
ギリシャの島に来てまでこれはない!
と、チャージを払って引き返す。
ユースホステルに着いた。
海まで歩いたり、小さなスーパーで買い物したり、1日ツアーに出かけてみたりする。
でも満たされない。満たされない。
心底笑顔になれず、リラックスも出来ない。
自由を楽しむふりをしていた。
サントリーニ島の旅行代理店で、ミラノ行きのチケットをとる。
気に入らなければ逃げればいい。
環境を変えることは、いとも簡単だった。
現実に向き合っていない、といえばそうだが、向き合うものが何であるかも分からなくなっていた。
この上ない自由を手に入れた私は、この上ない不安を心に抱えていた。
一人は気楽だ。
しかし、感情を分かち合ったりぶつけ合ったりする対象がないということは何とも寂しい。
見えない何かを求めて、私はその後ヨーロッパ各地を転々とした。
場所を移動することで、寂しさを紛らわせようとしていたかのようだった。
本当に必要なものは既に手放していた。
帰る場所さえ見いだせずにいたから、逃げる続けるしかほかに、なかったのだ。
一人は寂しい、なんて「当たり前だ」と思う人がほとんどだろう。
最初から分かっていること、やめておけばいいこと、そう思う人とは共感できない。
そう思う人よりも、自分がさらに超越した世界観を持ったことだけは明らかだから。
だけど、世の中自分と同じレベルで話が出来る人が少ないのがもっぱらの悩み。
分かったように話すそんな人たちに話を合わせないといけない気苦労ったら。
そしてお金が尽きた。
正確には精神的にも尽き果てていたと思う。
泣く泣くヒースロー空港を後にした。