
ご無沙汰しております。みなさんお元気でしたか?
半月程前に母が大腿骨と腕を折るという惨事に加え、毎週木曜日介護の資格を取るため一日中講義を聴くというなんだか慌ただしい毎日を送っています。
今日は、ちょっと最近思ったことを綴ってみようかと思います。
ブライスの写真は貼ってありますが中身と関係ないので、興味のない方はスルーして下さいね。

母の骨折と私の今学んでいることが、不思議とリンクして、「老い」とはとか「真の優しさ」とはとか、はたまた、自分の無知について考えるきっかけとなりました。
人生の中に「偶然」などないのではないでしょうか。すべては「必然」に思えてならないのです。

母が骨折する前は、最近急激に老いた母を心のどこかで疎んじ、少し認知症も入ってきていると勝手に決めつけ、表面は優しいのですが、心の中は決して優しくなかったように思います。
入院という、今までとは違う生活形態になり、耳が遠いので誤解されやすいのですが、母は少しも認知は入っていないのだということを核心しました。同じ病室に認知症の方が数人おられて、本当の認知症を理解していなかったことに気づかされたのです。母は単に年相応の物忘れとこだわり、そして耳が遠いだけなのに、きちんと話しをすれば、気づくことだったのに、きちんと話しを聞いてあげていなかった自分を恥じました。
母の入院と今学んでいることをきっかけに、自分の無知さも多々気づかされました。
これは、「偶然」ではなく、やはり「必然」なのではなかろうか。
母が逝く前に、私が気づくための。

毎日病院行くのはしんどいので、三日に一回にしよう。ちょっと顔見たら帰ってこよう、そう思っているのに、足だけではなく腕までも不自由で、中には意地悪な看護師さんもいて、やっぱり心配で毎日病院へ行き、私が行くと安堵した顔の母を見ると、かわいそうで帰ってこれなくなり、結局は2~3時間はいてしまう。

母も変わりました。
行く度に、感謝の言葉を素直に言ってくれて、「毎日来なくていいよ、お姉ちゃんも身体弱いから」と心配もしてくれる、つまり、母も元の母に戻った感じ。
人との関係って、親子でも夫婦でも、相手にばかり求めるのはどうなのかな。自分が変わると相手も変わるのではないかな。相手が嫌だなと感じる時は自分も嫌な人なんじゃないかなあ。なんて考えた今日この頃。
何年もブログを続けてる方って凄いなあ。
ってちょっとブログを書けない間思ったりしました。
ヘロヘロな時、グーッでジャンプしちゃうほど←スーパーマリオみたいにね 元気をくれたものが届きました。今日の写真にも写っています。
次回はその元気の素になってくれたあれとかこれ、ご紹介したいなあ。
最後まで読んで下さってありがとうございます。
タイトルは、無知な自分を知り、人生学ぶことばかりな気持ちを込めました。 よかったら「太田道灌」をググってみて。私、元祖歴女です。歴史に纏わるエピソードが好きです。そんな本ばかり読んでいます。

ヘロヘロな毎日、頑張りの素は、夫でもなく、息子でもなく、ごんちゃんだよー。
大好きなポポリンさんが愛犬ポッケちゃんと訪れる保護犬カフェのリンク貼らせてね。★←こちら
保護犬だった、ごんちゃんやポッケちゃんの仲間のこと知ってもらいのです。