体勢は低く、風のように翔けて行く。

その様は、走るために生まれてきた「本能」の美しさであると感じる。

素早い身のこなし、そして驚異の跳躍力。

走り、跳ぶことを髄とする生き物の、「動」の美に浸った。


アジリティー競技会に足を運んだときのこと。

この日本にこんなにも沢山のボーダー・コリーがいるのか、と驚いた。

指導手の支持がボーダー・コリーのスピードについて行けず、失格となる場面も多々あった。

他人のことながら、手に汗を握り締め、いつのまにか立ち上がり、見知らぬ選手と犬を大声で応援していた。


ボーダー・コリーは、活発でありながらどこか品のある犬である。・・・と私は思う。

ドーベルマンやシェパードのような力強さはないが、プードルやヨーキーのような愛玩犬的なおさまりもない。

野性的であるのに思慮深い表情が、これまたdog freakを夢中にさせる。



犬の持つ能力、性質を最大限に生かしてあげることは、飼い主の義務であると思う。

「かわいいから」などと軽い気持ちで犬を迎え入れる人間に、生き物と向き合う事の重大性を問いたい。

そして、その犬が持つ遺伝病についても知る義務がある。

発症はしないが、潜在的に病の遺伝子を持つキャリアが自分の愛犬であるならば、

決して繁殖しないでほしい。

遺伝の法則で、その潜在する病が発症し、生まれて間もなく激痛に苦しみながら短い命を終わらせる悲劇が起こるからだ。

今の仔に何も異変がなくとも繁殖し続ければ、脈々と病は受け継がれる。


生まれてくる仔に罪はない。

ならばなぜ彼らが防ぎ得た病に翻弄されなければならないのか。


生き物と向き合う。

未だに自分も克服できない、大きな大きな課題である。


美しいボーダー・コリーは並ならぬ運動量が必要らしい。

己に潜むエゴに喝入れ、しばし勤勉あるのみ、、といったところか。。


ボーダー・コリーを引きつれ共に駆け抜ける日々は、もうしばらく先の話になりそうだ。。


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