ふと、妹である未来の好きだった食べ物を
思い返してみた。
何かと幼少時から言っていたのは、
「フランスパンのひじ、ちょうだい♪」
ひじとは両先端のこと。
大人になってもそれは言ってた。
あたしがどうしても
残してしまうのが、明太子の皮。
お茶碗の端にぺろんとよけておくと、
「それ、ちょーだーい♪」
と、ぱくっと一気に。
卵かけごはん。
あたしは一生食べることが出来ないだろう。
生臭いのが鼻につんと来ただけで、
吐きそうになるからなあ。
それから、栗博士だったので、
「甘栗はね、冬のじゃないと
おいしくないとよ」
確かにそうだったので、
冬以外は買わないようになった。
チェリーの缶詰が好きで、
父方の叔父が
「そげん好きとなら、箱ごと買ってやるぞ」
と、約束したくらいだった。
いつその約束が果たされるのかな?
と、時折思い出していたが、果たされることなく
末期がんであの世へと逝った叔父だった。
カップヌードルを食べてると、
「ねぇ。このフタの部分に乗るくらいで
いいけん、分けてー♪
この微妙に少ない分、
余計においしくかんじるっちゃんねー♪」
もう!と言いながら、ひとりで食べきるのも
可哀想なので、大体分けてた。
それから・・・。
未来のアパートに泊まり、
部屋を暗くして、寝る体勢に入ると、
「何か話したいことある?」
と、必ずのように訊いてくれた。
大抵、何も考えてない時に訊かれるので、
ちょっと話すとすぐネタが尽きたりした。
大抵は未だに好きな元彼の話を
訊いてもらってた。
反対にもっと話を訊いてもらいたいと
思ってると、返事が途絶えてしまうこともあった。
「でね・・・。もう、寝た?」
「・・・うん・・・」
何らかの悩みをいつも持ってるって
思われてたのかな?
ただ、最期の方、辛そうに
こんなことを呟いた未来。
「ほら、あたしって根暗やん・・・」
未来と遊んだことのあるひとは、
誰も未来が「根暗」だとは
気付いてないと思う。
あたしもふーんと言いながら、
内心、
(え?そうやったっけ?
あ。でも、未来の書いてる詩の世界って
死生観を思わせるものがあるんだよな。
油断してたら・・・。
いや、まさかね)
と思ったりはした。
未来は高校を卒業と同時に
すぐに水商売に染まった。
母の亡き後、親以上に
お世話になった母方の祖母と未来は
相性が悪かったことも
あり、家出するように出て行った未来。
お金を遣っても遣っても
湯水のように湧き出るような
ひとり暮らしを余裕綽々で送ってた。
かなり昔、
「2日間でいいけん、うちのランパブで働いてくれん?」
その3年前ほどに中洲のランパブで
1年働いたことがあるし、
まともに昼働いてるよりは給料がいいので、
手伝った。
そして、今でも覚えてるのが、
未来の無理したはしゃぎようだった。
(何故、あれを見て、水商売向きの
明るい子って誰もが感じるんだろう?
明らかに無理してるってこんなに
分かるのに)
あたしはあたしで、
久しぶりのトップレスに
Tバック姿でちやほやされることを
いいことにはしゃいで接客をした。
その後、無職になったある日、
たまたま生命保険会社のセールスレディー
が書類に色々と書いてくれと言うので、
書いてたら、うっかりチラシ配りのバイトを
やらされる羽目になった。
しかも、あれよあれよと言う間に
入社してしまったあたし。
しかし。
見るからに根暗で人見知りをするあたしには
営業はまるで向いてない職業だった。
直属の上司と早いところ退職したいと
ふたりして底なしのどつぼにはまっていった。
そんな保険会社を辞めるんだか、辞めないんだかの
状況のとき、未来が、
「ねえ。長崎に行ってみらん?
ランタンフェスティバルやっとるよ」
それがちょうど十年前。
仲たがいも一切なく楽しいばかりの旅だった。
多分、未来と旅行をした最後だったと思う。
爆竹が爆ぜる音を間近に体感しつつ、
見る蛇踊りに、ふたりともこころ奪われっぱなしだった。
そして、人力車に乗ってみたいねと
ふたりの意見も一致し、乗ってみた。
運転手のおっちゃんが面白いひとで、笑いの絶えない
初の人力車体験だった。
でも、最後に思いも寄らぬアドバイスをもらった。
「あんたたち、薬とか飲んじゃいかんよ」
当時、ふたりは気付いてなかった。
その数年後にはお互いこころの病に
侵され、薬漬けになることを。
お客さんが乗るたびにそう言うアドバイスを
してただけかも知れないが、
薬を本格的に飲まねばならぬ状況になり、
「何でそんなこと、わかったちゃろうか?」
と、未来共々、不思議がっていた。
あたしの取って未来は・・・。かけがえのない
唯一のこころの拠り所だった。
でも、遠くに行ってしまった未来。
「死」で遠く分け隔てられたあたしと未来と
感じる時がある。
なので辛い気持ちは解消できたと感じる時がある。
かと思えば、未来の最期を今、見てるかのように
感じる時がある。そんな時、
涙が出る。
声を上げて泣きじゃくりたいくらい、
悲しくなる。
でもそうしてしまうと、祖母が
必ず寄って来て言う。
「泣いたって、未来は戻ってこんとばい!」
本人、渇を入れてるつもりなんだろうし、
ごくまともなことを言ってるだけだが、
正直ほっといて欲しいと思う。
なので声を押し殺して泣くようになった。
思えば、未来はあたしがすごく
好きだったひとに執着心を
ねばねばと持ってたことを
幼児孵りしてたねと言ってた。
未来自身もそうゆう不安定さを
最期の方は見せてた。
幼児言葉でしゃべってたくらいだったから、
生きてること自体が辛く、
現実逃避に走っていたのだろう。
何だか様子がおかしいので、
今日は泊まるよと言っても、
「・・・あたしは大丈夫やけん、
帰っていいよ」
と、何も映し出せない鏡の
ように曇った瞳で言った。
余計に不安を感じ、粘ってみたが
更に拒否されたので、
後ろ髪を引かれる思いで
実家に帰った。
その頃はもう、未来は
近いうちに終わらせたいと
考えていたのだろう。
誰彼となく、
「死にたい」
「確実に死ねる方法を教えて」
と、言っていたと訊いた。
やり切れない。
何で長生きしていいにんげんが
自殺なんか・・・。
いつもの未遂で終わればよかったのに。
別に責めないのに。
あんたが死にたかったのは、
お母さんがあんたの目の前で
事故に遭ったからって言うのも
あったんだから、他のひとが責めても
あたしだけは責めずに受け止めたのに。
・・・見た訳でもないのに、
未来がドアノブに針金をつるし
30分もかけて苦しんだ挙句
ひとり淋しく死んだ場面が
時々浮かぶ。
見た訳でもないのに・・・。
ありありと浮かぶ。
でも。
キレイだった。
死に化粧をしてもらった表情は、
もう、苦しくないから泣かないでと
言っているようだった。
お母さん、未来と一緒に居てあげて。
きっと会いたくて仕方なかったはずだから。