「ふーん」という相づちを聞いて、どう感じるだろうか。


私は、「ふーん」と言われた瞬間に

「あ、この人は私の話に興味ないんだな」

と思い、さらに

「私のことはどうでもいいんだな」

とまで瞬時に思考していた。

かなりマイナスな印象に捉えている。まるで相手に悪意があるみたいだ。

 

だからその後、短めに話を切り上げたり、途中、自分ツッコミを入れたりしながら話をなるべく早く終わらせるようにしていた。

だいたい言いたいことは最後まで言えなかった。

 

 

先日コーチング仲間とセッションをしているときに気が付いたことだが、私は「ふーん」は誰にとってもマイナスなリアクションだと思って疑ったことはなく、普段の会話のリアクションとして使う言葉だとは思ってもいなかった。

(もちろん「ふーん」の言い方にもよるけどね)

 

少なくとも、私にコーチングをしてくれた友人は、「ふーん」=「へぇ」とか「うん」と同じように使っていると言っていた。

それにとても驚いてしまった。

 

 

この場合は「ふーん」なんだけど

言葉は、その人がその人なりの意味を付けて使ったり、相手の言動を解釈していることがすごく多いんだなと思った。

多いってか、常にそうなのかもしれない。

 

 

例えば私だったら、「ふーん」のほかに

 

・「同意しない」=「不機嫌」

※相手が同意してくれない=不機嫌になるという意味で解釈

 

・「無視」=「拒絶」

※無視する=私を全面拒絶(私のことは嫌いなんだろなくらいの悪意)

無視するのはただ気が付かなかっただけという解釈はしたことがなかった

 

のような感じで

結構、大掛かりなマイナス意味付けをしちゃってたみたいだ。

 

しかも

これが世間一般、マジョリティだと信じて疑ったことがなかったのだ。

ここ何10年か、そう生きていた。

(だから、世の中怖い人ばかりだと思って生きてた・・・)

 

みなさんは、どうだろうか。

私と同じ意味で解釈してる人は、いませんか?ポーン

 

 

これに気が付いたことで、人はここまで生きてきた過程や環境から

言葉とか行動に、いろんな意味をくっつけて生きてるんだなぁと実感して、すごくびっくりした。

生きづらくなる意味がわかった気がした。

 

だって、相手に非はなくても、わざと嫌な事されてるように思えちゃうんだもん!

それがただの解釈の違いだなんて、思えるもんか!

こっちは傷ついたんだぞ!

なんて思っちゃってた。(本気だぞ)

 

 

人それぞれ通ってきた道も、言われてきた言葉も違うんだから、違う「意味付け」をするのは当たり前だと思う。生きていたら自然なことだ。

 

だけど、いざそういう場面に出くわすと、ついつい自分の「意味付け」が正しいと思ってしまう。

それしか選択肢がないと思ってしまう。

それしか思いつかないんだもん。それしか知らなかったんだもん。


それは仕方のないことだけど

その「意味付け」にとらわれて、苦しいまま生きていくのは、嫌だなと思った。

 

 

今回の「ふーん」事件で、人それぞれ言葉の解釈が大きく違うことがあるのはわかった。

何かを感じたとき、もしかしたらそう感じているのは自分だけかもしれない。

という選択肢が増えたのは、かなりでかいと思う。

 

こうやってひとつの言葉を掘り下げていくことで、自分の中の「意味付け」を知ることができる。

知っただけで、少し緩んでく。

 

 

私は今度、誰かに「ふーん」と相づちを打たれても今までのように「この人、私のことどうでもいいと思ってる」と瞬時に思うことはないだろう。

 


あ、これは、もしかしたら

「へぇ」として使っているかもしれないと、一度は考えるだろう。

多少嫌な気持ちになるかもしれないけど、相手が私に対して、悪意にまみれていると思わなくてすむことだけは確かだ。

 

 

こんな風にして、自分を知ることが自分を緩めて楽に生きていくための第一歩なんだなと実感できたような気がした。


(今回は意味付けを緩める話でした。他人の意味付けを受け入れるのはまた別の話)

 


 

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