皆の孫という職業がれば・・・w | カオデビ祈りの部屋

カオデビ祈りの部屋

~北カリフォルニアからハレルヤ~

毎度です!

 

前回のブログから毎日のように書き留めたいと思いながらも、

なかなかその時間が持てなくて今日まで来た。

 

というのも最近の私は、朝4時半に起きて朝ご飯とランチをセットしてマナのキンダーのバックパックにセットして

家を5時40分には出て、忙しいはずなのにイキイキしてますね。と言われとおり毎日楽しい。

 

そしてその日々の思いを書き留めておかないとと思わせてくれるお婆ちゃんたち。

 

私は今年1月にここで私の使命と思ってやっていた占い師を辞めた。

曾祖母が霊媒師ということでやっぱ私はこの道やなと自分のスピリチュアルを信じ気合満々でやっていただけに

その手放しはとっても大きな手放しで、その後は神様の導きのままに委ねていた日々。

 

そんな中で自分のお小遣いは無くなっていく、でも、”献金”は止める事は出来ないと自分の中で神様との約束を守ろうと

そんな小さな献金ならしない方がましだよ。っていう子供の小遣いじゃあるまいし。という額を入れる日も何度もあった。

 

献金をしなくても神様は私たちを見捨てたリはしない、

献金を沢山出したからといって神様にえこひいきされるというわけでもない。。

 

聖書の中にある収入の10%を献金したらいい。というメッセージを別に守れと言われているわけでもない、

絶対守らないと地獄。とも言うていない。

でも、それを守ってみる事で神様と自分の中での心の約束を果たすというか神様に誠実でありたいという姿勢をもちたいという私の

信仰から仕事が無くなっても献金を細々と続けていたある日。(意外と真面目なんですw)

 

いつも礼拝でグッとくるんだけど、

その日は特にもう自分へのメッセージが強くて、これはもう今自分の今持っている財布の中身全部を献金したい。と

心からそうおもって痛みを負いながら(額的にww)献金をした日があった。

それでもう自分の貯金はゼロになるんだからww

 

あちゃぁー。これで私どうすんの?

 

占いも辞めて収入源はゼロだというのにさ。ただのマイナスになっていくだけじゃないか。と心で思っている反面

自分がそうしたいと思って献金出来た事は良かった、と思う自分がとっても大きくて(ケチなはずの私が不思議w)

 

そのすぐ後に、この仕事が見つかったんだけど。

 

これはもう神様がしっかりと、見つけてくれて導いてくれたとしか言いようがない。

 

これを読んで浅く理解して”献金をしろ”という内容と取られたら物凄く意味がない。

 

私が言いたい事はそおいう事ではない。

 

自分が苦しいときも神様に誠実でいようという姿勢はちゃんと神様は見てくれていると思う。

自分が調子に乗ってしまう時も、誠実でいられるようにしたい。

 

そんな私は、初めて神様の導きのままにこの仕事をしてみた。

そんな仕事を自分がするとは思いもしなかったんだから。

 

この仕事を見つけてくれた人は別の人だし、その人が「こおゆうの募集しているよ」って言ってくれて

すぐに心がファーと温かくなったのでこれはきっと私に向いているのかもしれないと思って連絡をしてすぐにスタートした。

 

普通緊張とかするはずだけど、何故か初めてなのに初めてじゃないような心があったかくなって

自分の実家かな?と勘違いするような温かさがそこにあった。

 

ここはアメリカだけど、私はそこではクリスチャンは1%の日本を体験している。

仏教の人、無宗教の人がほとんどの中で私はクリスチャンとしてそこにいる。

きっと私が日本に住んでいたらこんな感じなんだろうなと、日本に住むクリスチャンの想いをすこし感じながら、

だからといって「クリスチャンはこうでねーあーでね」とクリスチャンの信仰を押し付けようとかしているわけでもない。

 

これもまた神様のお導きなんだなと思ったり。

そんな体験をさせてくれる神様に感謝です。

 

お婆ちゃんたちとの関わりの中で介護の技というものはまだまだ私はペーペーなので分かりませんが

お婆ちゃんになるという事はこお言う事かという身体面、精神面を学ばさせてもらう日々。

 

そんなお婆ちゃんたち一人一人のドラマがあってここにいるわけで、

その彼女たちの人生を紐解いていく事が心から私には興味深い。

 

でも、そんな昔の事は自分の事とは言え、詳しくは覚えていない人がほとんどだ。

 

それでも、彼女たちの事を少しずつ知っていって色々私が覚えておきたいと思っている。

 

彼女たちを通して感じた事がある。それは、”自分の声を発信していく事は大事ということ、”

自分自身はどんどん忘れていくかもしれないけれど、発信したことは残っていく。

 

だから。発信をしたいと思いながら出来ないあなたは、ぜひ発信をしていくべき。

 

5分前の話を忘れたっていい。

私が覚えておくから。

 

どうしても、前のお母さんやお父さんに戻ってほしいとか。元気だったころのあの人に戻ってほしいとか

人は思ってしまうのかもしれない。

 

でも、それってその人のエゴでしかないと私は思う。

 

だって、今のその人も。前のその人も同じその人だってこと。

 

今のその人を新しいその人として受け入れたらダメなのかな?今はなしてるそれをリアルと思って

話したらあかんのかなって思ったりしてしまう。

 

でも私は、医学的にも知識のないただの孫みたいなもんだ。

 

そうだ。私は皆の孫という感じで過ごしているw

 

”皆の孫”という職業があれば

間違いなく私はそれが天職だwww

 

子供のころからお爺ちゃん、お婆ちゃん子で

お婆ちゃんの家から自分の家へ帰るときは家に着くまで泣いていた(垂水から高砂の距離ねw)

 

お爺ちゃんお婆ちゃんが集うカラオケ屋さんでずっと働いて演歌を歌ってお爺ちゃん、お婆ちゃんからのカオリちゃんファンクラブあったころも。

 

今私がお婆ちゃんたちのお世話をしだしたのも、まさかアメリカへきても繋がってやってるなんてww

 

神様のお導きは凄いですハイ。

 

そんなカオデビ。

 

外へ行けないお婆ちゃんたちに最近の外の様子を写真で見せている。

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薔薇がキレイに咲いてきていますよ。

 

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ハートの木も元気ですよ。

 

顔芸もサービスしています。

 

年をとってくるとフト昔嫌だったこと、失敗したことを思い出すようで

「あぁー今月は電話代がとっても高くてね。。ほんと私ってバカだから考えずにやっちゃったのよね」と自分攻めだすおばあさんに

「大丈夫よ!もう支払いも終わったしね。心配しないで」と耳元で言う私w

 

ふと湧き出る嫌だったことをひとつひとつその都度クリアにしてあげたいと思ってしまう。

そんな話したこときっと忘れちゃうんだけど。

 

それでも、心の中の何か少しはクリアになったはずだと私は信じている。

 

お爺ちゃん、お婆ちゃんたちは時々あちゃらと、こちらとを行き来しているようにふわふわした話をしたりする。

夢見心地のような。

もしかしたらあちらへ行く準備も何年も前からスタートするのかもしれないとか私は思ったりしている。

 

その準備期間を私を用いて欲しい。

 

変人発言かもしれないが。

 

私はそんな事を思いながら、孫気分で本当に好きだなぁとお婆ちゃんたちを見ている。

 

そんな風に私が思いながら過ごしているとは周りは思ってないだろうけどww

 

リクライニングチェアで座っているお婆ちゃんはただ座っているのではなく、私たちに沢山の学びを与え続けてくれる。

痛みを負いながら

もうどうでもいいですよー。となんでもええわーってなっている時ですら私たちに沢山の学びを与えてくれているので

感謝しかない。

痛みを負いながらもう別に長生きしなくていいんですけどと思っていても、生かされる事は誰かの為に生きているんだ。

そうして私に影響を与えてくれているんだ。感謝しかないのだ。

だから私は彼女たちをすこしでも笑顔に出来たらと思って変顔と皆の孫というポジションを確立していきたい。

 

そこには技術はない。

ただ。愛を持って接するということ。