ここまで、実際のエンディングノートの項目と記載事項について、私が重要だと思うことを書いてきました。

以前書いた通り、エンディングノートは鉛筆で書くことをオススメしています。

これは、場面場面によって、考え方も感情も変わると考えているからです。



最後の項目になりますが、墓と葬儀について希望する項目があります。

もちろん、ご自身の葬儀やお墓の問題になります。

葬儀については、ご存知の通り家族葬や直葬が増えています。
家族葬は、ごくごく身内で葬儀を挙げます。僧侶の方にも来てもらっての葬儀です。
直葬は、原則そのまま火葬場にてお別れを行います。火葬炉の前で僧侶を読んで読経するケースもあれば、本当に火葬のみというケースもあるようです。

以前は通夜告別式共に執り行うケースがほとんどでしたが、葬儀の形態は本当に多様化しております。
僧侶の祖父ですら、バリエーションが豊富になりすぎており、一概に◯◯葬と判断できないと言ってました。

祖父はどんな形式でも文句を言うようなことはなく、「故人と遺族が納得すればどんな形のお別れでもいい」と言ってますが、一概にどんな形式でもいいかというとそうでは無いケースが多くあります。

私は仏式の葬儀しか参列してないので、仏式を前提に書いていきます。

問題になるのが、菩提寺との関係です。
これは祖父も言ってましたが、やはり疎遠でも、どんな葬儀の形態でも、菩提寺に一報は欲しいとのことです。
昨年父方の祖母が他界した時も、まずは菩提寺に連絡しました。

家族葬でこじんまりと伝えるとあまりいい感じではありませんでした…
しかし、菩提寺お勧めの葬儀社でと伝えたところ普通の対応になりました。

菩提寺との関係では、もう一つ悩んだことがあります。

戒名です。
代々女性には「大姉」が付いてました。菩提寺は当然のように同じ戒名と想定していたようです。
ただ、菩提寺との結びつきも薄くなってきているので、「信女」で十分ではないかという話も出ました。

戒名は本来なら、生前どれだけ信心があったか、どれだけ徳を積んだか等で決まるはずなのですが、現在は哀しくもお金で決まる側面もあるようです。

私は一番安い戒名でいいと伝えてますが、祖母の時は準備をしていなかったこともあり、バタバタしてしまい、結果的に今までと同じ「大姉」という戒名がつきました。

こういう時に、口は出すけど金は出さない親戚が登場します。祖母の時も登場しましたが、余計なストレスです。
エンディングノートを書いておくことで、正直面倒な親戚などから守ることもできます。

そういう人が思い当たる方ほど、エンディングノートの作成をオススメします。

葬儀の希望を書いたら、お墓についてです。
大きく分けて、自身が入ることができるお墓があるか否か、そして、お墓を継いでくれる方がいるか否かが大きな分かれ道です。

わが家の場合、また改めて書きますが、御先祖様のお墓については、墓じまいしようとしている最中です。
そして、寛解して子供ができたとしても墓守の負担をかけさせたくないので、樹木墓を想定しています。

本来であれば、父も長男なので、静岡にある墓に入るのが筋だと思うのですが、私が一人っ子であるため、80%の確率で、両親で途絶える形になります。
また、20%に入れたとしても、基盤が東京なので、静岡の墓守をしていく自信がありません。

妻に静岡の墓守をお願いする気はありません。放置墓になるくらいであれば、生きている間に墓じまいすることも、責任の果たし方の一つと考えています。
両親も同じ意向で菩提寺との打合せを予定しています。

墓じまいと同時に、私と両親、場合によっては妻が入る予定の墓の選択もしなければなりません。
私が終活で相談している方に伺ったところ、まだ墓を決める必要はないのでは、とアドバイスいただきました。

墓と遺骨についての一つの考え方として、
・位牌ではなく遺骨を大切にしたい
・墓を故人と繋がる対象として捉えたい
とより強く思う遺族に任せるという選択肢を提案いただきました。

むしろその際に必要となるお金を用意しておいた方が良いとのことです。見送る側の視点に気づかされました。

私の場合、運良くか運悪くか、相続税を考えるだけの資産がありません。なので、最悪の場合死後購入でもいいかと思うようになりました。

両親とも相談し、再発した場合には墓選びを開始しようという方向です。

私の視点は、旅立つ側の視点です。
妻の視点は、見送る側の視点です。

どうしても、終活をしていると視点のズレが生じます。
第三者の方に入っていただくことで、納得する終活を進めることができています。

家族同士で納得していても、一度第三者の方に相談なさることをオススメします。