離婚協議書の合意直後に急死した息子の意思を継ぐ父親ブログ

離婚協議書の合意直後に急死した息子の意思を継ぐ父親ブログ

子の連れ去りは誘拐罪
虚偽DVモラハラ申請は虚偽申告罪
虚偽DV者支援をする団体は運営停止処分
離婚指南をする悪徳弁護士は資格剥奪
不貞行為者は親権監護権を剥奪
判例主義の裁判官は罷免処分
お役所仕事の調査官は罷免
男女平等の日本、実は女尊男卑

人の一生は重荷を背負って遠き道を行くが如し



自ら悪をなさば自らが汚れ、自ら悪をなさざれば自らが浄し
浄きも浄からざるも自らのことなり、他者に依りて浄むることを得ず

亡き息子が縁があって結婚したであろう毒母、汚元嫁

そして汚元嫁の2年以上もの社内不倫

更に不倫相手と遊ぶ金が欲しくて性風俗店に勤務

 

これらが発覚して息子は無論の如く私達から叱責され

それをDVだモラハラだ虐待だと訴え子らを連れ去り警察署に駆け込み

 

遁走・・・

 

其の後の経緯は過去ログの通りだが、これらは全て運命だったと思う。

 

そして子らを育てる事態になった私達はそれは天命と思う。

 

子らの事で夫婦喧嘩も勃発すれど自分の子と孫とでは違い全てが寛容だ。

 

余生、幾ばくか?計り知れないが・・・

これは天上から使命として言い渡された言わば天命だろう。

 

最近は兄弟喧嘩も頻繁だが、それは上の子の情緒が不安定な所に起因している?

これは間違いなく連れ去られての生活環境が影響しているのは間違いない。

それを感じる事が出来た年齢であったからこそ上の子は自力帰宅したと言える。

 

「1人で帰るつもりだった。〇は(下の子)付いて来ただけで理由を良く分かってない。」

 

当時、幼稚園の年長さんだった下の子には何が何だか良く分からなかったであろう。

 

下の子が以前

「パパが居ない時には何もしていないのに何度も怒られた。」と言っていたが

はて?アイツは下の子を可愛がっていたように見られたが実はそうでもなかった?

私の所に(別棟の部屋)行く事をアイツに禁じられていた?

 

上の子のように私との親和性が出来る事を敬遠していたのであろう。

上の子はダメと言われても無視をして私の部屋に毎日来ていた。

 

そんなこんなだが平穏に日常が過ぎている昨今

親はなくても・・・は?うちに限って言えば確かだろう。

 

今や普通に家族だ。

 

年老いたパパ&ママは気になるかも知れないが

今からパパ、ママとは呼べないようで

未だに呼ぶ時はジィジィ、バァバァ泣き笑い

 

「それならお父さんお母さんと呼べば?」と話したら

 

「友達でそう呼んでいる人はいないよ。」だ、そうだえー

 

最後の面会交流をしてから既に9ヶ月

 

心の中はイザ知らずアイツの事を口に出さなくなった。

 

良し悪しも全て含め子らが成人するまで

私達夫婦は黄泉の国へは、呼ばれたくないな。

 

 

普通養子縁組が成立して相手は親権も監護権も喪失しているので

共同親権制度の改正は殆ど関係がないと言えば関係ないのですが

法的には親子関係は継続されている次第で(これが厄介で難解で難題)

赤の他人と言えば他人ではあるのですが面会交流を申し立てる可能性は

ゼロではなく先々に於いては有り得る話で、その時点でどう対処するのか

決まってはいるのですが子供達の意見も汲んで判断をする場合もあるやに思う。

 

現時点では断固拒否、完全拒絶ですが成長するにつれ会ってみたい?会いたい?

どうして、あのような極悪非道な悪行ができたのか問い詰める?問い正す?

事実を真実を知りたい?そんな思いも抱くのではないか?と・・・

 

高校を卒業する前に会うとなれば私達の立ち会いは必須でしょう。

 

なれど、まず私が二度と顔は見たくない声も聞きたくない。

 

なので

 

あれこれ理由を付けて先延ばしをして18歳まで待たせるでしょう。

18歳以降は子供達自身の好きにすればと考える昨今です。

 

無論、前から言っている裁判記録の双方の書面は包み隠さず見せます。

それを元に子供達なりに考えてくれる事でしょう。

 

今日は亡くなった息子の誕生日(存命であれば40歳)

 

下の子「今日は何の日?」と聞くと「何かのお祝いの日?」

 

と、聞き返してきたが上の子「パパの誕生日」と覚えていた。

 

亡くなった子の年齢は数えるべきではないが逝去した日と

誕生日は子供達には忘れて欲しいくないね。

 

失意の内に亡くなり

しかも

無念:怨念を残しての他界なのだから・・・

 

 

上の子

 

「学校から帰ったらお墓参りに行く」

 

なんとも愛おしくも悲哀を感じる言葉だった。

 

心の奥底にある思いは計り知れない。