あなたは、本当は自分が欲しいものがあるのに、誰かを優先して、つい譲ってしまったこと、ありませんか?
私があの時、欲しかったのは、ただ赤い服だった。
でも今思うと、私が本当に欲しかったのは、
「自分が一番欲しいものを選んでいい」という感覚だったのかもしれない。
子どもの頃に身につけた「譲ること」「我慢すること」は、
大人になってからも、思っている以上に自分の選択に影響している。
そして不思議なことに、
私は自分の子育ての中でも、同じことを繰り返していた。
そのことに気づくきっかけになったのが、
子どもの頃の、こんな記憶です。
――季節が変わる秋口、母と弟と三人で、私の洋服を買いに行った。確か、ブルゾンのような上着だったような気がする。
私は、赤い服が着たかった。
「弟にお下がりできるように、青にしたら?」
母はそうは決して言わなかったように記憶している。
ただ、私の中で、母の前で赤が欲しいとは言えない雰囲気があった。いつでも母の前では「いいお姉ちゃん」だったからだ。
女の子は赤やピンク。
男の子は青や黒。
そんな無意識の色分けが、
今よりずっと当たり前のようにあった時代。
今でも、そのことを思い出すと、
少し悔しい気持ちになる。
本当は、私は赤が欲しかった。
でも私はいつも、
一番欲しいものを我慢して弟に譲っていた。
「お姉ちゃんなんだから」
「小さい子に譲りなさい」
お姉ちゃんなんだから、
自分より小さい子を優先するのが当たり前。
そんな価値観が、
知らないうちに小学生の私の中に育っていたんだと思う。
けれど、、、
自分の子育てを振り返ると、
私も同じようなことをしていた。
長男が小学校で6年間使った、
青い鍵盤ハーモニカケース。
末っ子の娘が入学するとき、
「ピンクが欲しい」
と言った。
でも私は、
「お兄ちゃんのがあるから、これを使おう」
と、青いケースを使わせた。
まだ使える。
新しく買えばお金もかかる。
子どもが3人いれば、
少しでも節約したい。
けれど、
あのときの娘の納得していない顔を、
私は今でも覚えている。
娘のことを思っていなかったわけではない。
ただ私は家族を守っていかなければならない母親だった。
子どもには見えない、大人には、大人の事情があった。
愛してるからと言って、すべての願いを叶えてあげられるわけでもない。
でも、確かに、
あのとき娘は、
ピンクのケースが欲しかったんだ。
私が、
赤い服を欲しかったように。
親になって、
ようやくわかったことがある。
あの頃の母にも、母の事情があったのだと思う。
けれど、だからといって、
赤い服が欲しかった私の気持ちまで、
無かったことにしなくていい。
大人になった娘に、その時のことを謝ったことがある。
娘はよく覚えていて、あの時、確かに欲しかったんだと言った目は真剣だった。
ちょっと責められてるような気になって、私は少し目を伏せた。娘はそれを察知したかわからないが、そんなこともあったね、と少し照れくさそうに笑ってくれた。
親子ってそんなものかもしれない。
だってこれは、
誰かを責める話ではない。
あの頃の私はただ、
一番欲しいものを選びたかった。
そして今の私なら、
あの頃の私に言える。
一番欲しいものを選んでいいよ。
誰かのために譲るんじゃなくて、
自分が本当は何を欲しいのか、わかっているなら、
欲しいものを、
欲しいと言っていい。
自分の手で、
自分の一番欲しいものを取りに行っていい。
「あのときのお母さんにも事情があったんだな」
と思う私と、
「それでも私は、赤が欲しかった」
と思う私。
どちらも、私だ。
だから私は、
子育てのことを伝えるとき、
自分の子ども時代と重ねて考える。
子育ての中では、
あの頃の自分が、
ふっと出てくることがあるから。
子どもに我慢させたとき。
自分より誰かを優先させたとき。
逆に、必要以上に何かを与えたくなったとき。
その奥に、かつての自分が必ずいる。
あの頃の自分が、
本当は何を感じていたのかを知ることは、過去をただ見つめるだけじゃない。
それは、今からの未来に進むために、自分で選び直していくことだ。
私は今、本当に成熟した自由を手に入れているのかもしれないと思う。
