3.11から今日で半年。

まだ半年?
もう半年?

そしてまだ過去の事としては振りえる事は出来ずまだまだ復興には時間がかかりそうです。

浪江町の親戚の方たちは避難所を転々としてやっと仮設住宅や市営住宅に入居する事が出来ました。

月一ペースで帰っている郡山の街も
建物や道路の補修工事が進み
人々の生活も徐々に戻りつつあります。

ただやはり原発に関しては
依然厳しい状況ですよね。

空気中の放射線数値は下がってきてはいますがまだ高いです。

地上に蓄積された放射能。

除染作業をしても保管場所が無いので結局、行き場の無いまま。

昨夜、鉢呂大臣がたった一週間で辞任しましたね。

¨死の街¨発言。
¨放射能をなすりつけてやる¨

どーでも良いです。

本当に発言通りなんだと思います。

浪江町の親戚が一時帰宅した際に
見た現状は凄かったみたいです。

雑草は生えっぱなしで、田んぼも
荒れて、地震で屋根が壊れたけど
修復出来ないままで雨漏りなども酷くて。

死の街だって思うなら一日も早く
元の自然に溢れた穏やかな街を返して下さい。

早く子供が安心して暮らせる日々を返して下さい。

特別な事は望まないから

子供が普通に外で遊べるだけでいい。

近所で取れた野菜を美味しいって食べれるだけでいい。

家族みんなで毎日暮らせればいい。

辞任だの、会見だの、謝罪だの、
そんなの被災者にとってはどうでも良い。その無駄な時間、労力、全て復興に全力で注いで下さい。


福島の多くの人は迷っています。

大好きな福島を去るか。
腹をくくって残るか。

勿論、我が家もずっと話しあっています。

去ると決断した人、、
旦那さんだけ福島に残っていたりで二重生活。金銭的にも大変みたいです。家族みんなで福島を離れたけど職が決まらず苦労しているみたいです。

残ると決断した人、
自腹で10万近くするガイガーカウンターを買い毎日計測して
毎日家の床を水ぶきして線量を下げる努力をして、自腹で高圧洗浄機を買って、定期的に家の外壁の除染をする。週末にはガソリン代を使い遠出をして子供たちを放射線の低い土地で外遊びさせる。

どちらにしろ辛いのです。


本当にあの日から何もかもが変わってしまった。

こちらの子供たちが
¨地震ごっこ¨をしているのを
見た時はとても心が傷みました。

早く福島の子供たちに明るい未来を
見せてあげたい。

将来を担って行くのはこの子たちなんだから!


また半年後、どこでどうやって暮らしているのかわかりませんが

負けない!
がんばっぺ東北!

がんばっぺ福島!






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