第20話:できたノートのつづき
帰り道。
「ねえ、ママ。わたしの作文、どうだった?」
「すごく、よかったよ。……ちょっと泣きそうになった」
「ふふっ。ほんとは、ちょっとだけママにサプライズしたくて、書いたんだ」
そう言って、手をつないで歩く。その小さな手から、確かな強さが伝わってきた。
以前は、萌花の笑顔の奥にある小さな焦りを、理紗はどこかで感じていた。
──きっと、あの頃の自分の背中が、そうさせていたのだ。
完璧じゃなくていい。間違えても、迷っても、立ち止まってもいい。
その背中が、誰かにとっての“希望”になることだって、あるのだから。
「わたしね……将来、学校の先生になりたいかもって思ってる」
理紗は足を止めた。
「先生?」
「うん。勉強って、難しいときもあるけど、“わかった”ってなるとすごくうれしいじゃん?」
「うんうん」
「それを、誰かと一緒にできたら楽しそう。わたし、ママに教えてもらってるとき、それ思ったの。あの“できたノート”とか、すごく楽しかった」
理紗の目頭がじわりと熱くなった。
ただのノート。ただの時間。
でもその小さな積み重ねが、子どもの心に未来を灯していた。
「すごく、いい夢だと思うよ」
「まだわかんないけどね。でも、“誰かの役に立てる仕事”って、なんかかっこいいなーって思ったの」
理紗は、手を握りなおした。
この子は、もう“誰かと比べて”生きることより、“自分の気持ち”を信じる強さを持ち始めている。理紗は心からそう感じた。
夕暮れの街を、二人の影が並んで伸びていく。
帰宅後、剛に作文のことを話すと、彼は静かに頷いて言った。
「萌花は、ちゃんと見てるんだよ。俺たちの“選択”を」
「……うん。あのとき、“逃げ”じゃないって思ってよかった」
「うん。逃げじゃなくて、“進む”だったんだろうな」
萌花が将来、どんな道を選んでもいい。そのとき、“自分で決められる子”であってくれたら、それが何よりの“合格”だと思う。
夜、萌花は自分の机でノートを開いていた。
「今日の“できた”は……“発表がんばった!”っと」
その言葉を聞いたとき、理紗はふと、未来の娘の姿を思い浮かべた。
教壇に立って、誰かにそっと寄り添う先生の姿を。
窓の外に星がひとつ、またたいていた。
この家にも、ちゃんと光はある。
見失わなければ、どんな夜でも、きっと超えていける。