今日は終戦記念日です。
昨年、夫の母と会う機会がありました。
夫の両親は随分前に離婚しててなかなかお会いすることもなかったのですが、昨年、お会いしたのです。
義母が私にくださったお手紙の中に
「追悼の辞」と書かれたお手紙が同封されていました。
それは数年前に戦没者遺族会遺児代表として義母が書いたものでした。
「父は太平洋戦争の末期に病気になり内地送還の途中、北朝鮮の野戦病院で33歳という若さで生涯を閉じました」という文面から始まります。
義母は当時生後3ヶ月だったそうです。
文を読み進めていくと、戦後、、中国大陸から100通を越える軍事郵便が届いたと書かれています。
娘(義母)や家族、友人への思いが書かれた絵葉書や和歌など。
そして、この戦争を正義と信じ、愛国心に燃えて出征した国を想う心情が細かく綴られていたそうです。
野戦病院の中で 病と闘いながら綴られた病床手帳には和歌が書かれていたそうです。
「ロスキーの土産のスズランゆかしき香して、敵とは誰がなしたるか、、、」
「○○子よ(義理の母の名前)、太陽に小手をかざせば父さんの血潮はいつも熱く流れている、、、」
義母の書いた文面にはこのように続きが書かれています。「戦後60余年。日本の近代史の中の一時期に、国のために命を犠牲にして殺し合いを余儀なくされた多くの日本人がいたのだという事実は次の世代に語り継がなければなりません。」と。
義母のお父様の遺骨は日本に帰ることなく北朝鮮の地にあります
この追悼の辞を読ませていただき、海を越えれば、故郷日本というのに身動きがとれず、日本の地に帰れなかった命がたくさんあったことを知りました
語り継がれなければいけない事だと感じます。
全ての魂が美しい光になりますように
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