日本に帰ったその日の夜
あの話は早速父の口から持ち出されました
そう・・・
『結婚のことと、家族と散々モメてきた結婚後の生活拠点の話』
いつ話を切り出そうと、数時間前からタイミングを見計らって内心超ソワソワ
してる私より
先に父が口を開いた
『まず初めに、お父さんはお前に謝らなきゃいけないことがある』
『お前の6月に予定していた結婚式がキャンセルになってしまった件は本当に申し訳なかった』
『あの時はお前の気持ちも考えてあげられなくて本当にごめん』
『あの時は地震が起きてすぐで、お父さんの会社も取引先の会社も仕事が一切無くなってしまって
本当に何も考えられないぐらい気持ちにも余裕がなかった』
『だから、お前の結婚を反対したとかそういうことでは決してないから、それだけは謝っておきたくて』
『お前にもニャーにも本当に申し訳なかったと思って』
正直びっくりした
父の口から『ごめん』なんて今まで一度も聞いたことがなかったし
自分の意見を頑なに曲げない頑固な父だと思っていたのに
私とニャーのために、私たちの気持ちが少しでも楽になるように
思いやってくれたんだって思ったらすごく嬉しかった
謝ってくれたことに対して嬉しいといったら変な言葉だけど、今まで厳しいことも言ってきた父が
私たちの気持ちを考えてくれたんだと思ったらすごく嬉しかった
『結婚後の住む場所はどう考えてるんだ?』
『正直、お父さんはお前に日本にいてもらいたいと思ってるよ。子供が産まれても向こうで一人じゃ本当に大変だし、お父さんお母さんだって協力してやりたくてもすぐ行けないだろう。簡単な問題じゃないぞ』
そこで私はニャーと考え打ち合わせしてきた事を話すことに
『ニャーと話し合って、日本でに住むことにしたよ』
『私もニャーも東京で仕事を見つけようと思ってる』
ニャーは
『一度日本に行くと決めたことなんだから、貫きたい』
『仕事のこと、地震や放射能のことも正直不安だけど、動くなら早い方がいいと思う
20代も終わりのほうだし、なるべく早く行動した方が僕たちのためになると思う』
『カナックスにも負担かけちゃうけど、僕その分いっぱい頑張るから』『日本で一緒に頑張ってみよう
』
力強くそう言ってくれた
それを話すと・・・うちの家族は肩の荷が降りたような、本当にほっとした顔をしていた
『そっか。安心した。お父さんとお母さんはお前達の事を全力でサポートするよ』
ありがとう、お父さんお母さん
でも私は正直複雑な気持ちだった
嬉しいやら、悲しいやら、自分でもよく分からないけど
やっぱり日本での仕事の心配が一番大きくて、“日本行きバンザーイ!”と言えない自分もいる
現時点で日本での仕事が決まってるわけでもないし
いくら上達したと言っても彼の日本語が日本社会の中で通用するのかも不安
日本社会という韓国とは全く違った環境の中で、彼に相当な負担を与えてしまうのではないか
差別されたりするのではないかという不安
そして当たり前のように、全部1からスタートしなければならないことに
今更ながらかなりの抵抗を感じる自分
でも、頑張らなきゃいけない現実
もうやるっきゃない・・・
きっとうちの旦那さんならやってくれる 多分(←弱いな)
若旦那、信じてるぜ
そして私も気合入れて・・・
それから1週間後・・・・・・
いざ韓国に帰ってきて【緊張の話し合いパート2~韓国の家族編~】の幕開けです・・・
修羅場の様子は次回へ