先週、無事に3~4カ月検診も終わり
娘の腕にはポチポチのBCGあとがくっきりついています。
注射されるときは、抱っこしておさえてる私の方が泣きそうになりました。


さて、続き。

まったく進まず、本当に終わるのか心配になってまいりました……

今回は「出産後からずーっと考えていること」です。

***

出産第一日目の12月3日夜のこと


さて、亭主や見舞いにかけつけた家族、姑も帰り赤ん坊と二人きりになったわたくし。

ようやく静かに赤ん坊を眺めました。


私はじーっと待っていたのです。


「母性」


ってやつが湧きあがってくるのを。


よく「赤ちゃんをこの腕に抱いた瞬間から、母性が泉のように湧きあがってきて」みたいな話を聞きます。そして、「自分以上に大切な存在に初めて出会った」というような感動的な場面になだれこむお母さん続出なわけです。


が、しかし。なにもかわらず普段のわたくし。


……おかしいのか?


私は、もしかして人並みの母性が持てない女なのか?

なのに赤ん坊を産んじゃったのか?



…………もう出しちゃったぞ。


***


産んだ日から、たまに考えることがあるんです。


「たとえば、火事が起こったとして、私はこの子のために飛び込むんだろうか」

「たとえば、この子のために私の心臓あげられるのかなあ」

「たとえば、この子が誘拐されたら私は全財産をなげうつのだろうか」


たとえば、たとえばと、


ふとそんな疑問が頭をよぎります。


不謹慎でごめんなさい。私だけなのかしら?


縁起でもないわっ。


そしてそうやって自問自答することで


自分はお母さんになれたのかなあ。


と確かめているのです。変?


が、自分がお母さんになれたっていう自覚もないまま、おっぱいは湧き出ても、母性っていうのがどんなものなのかイマイチよくわからないまま、赤ん坊はすくすく4カ月になりました。


いいのかなあ。まわりの人はみんなどうやって「お母さん」になるんだろうと聞いてみたい気持ちになります。


大学のとき、みんなが上手に化粧していることが不思議でなりませんでした。みんないつの間に覚えたんだ?だれかに習ったのか?どの雑誌を読んだんだ?今まで、勉強もスポーツも、みんなでなかよく学んできたのに、急に自分だけ取り残されたような気になりました。今回もそんな感じ。


***


ただ、思うのは、目の前になにもできない赤ん坊がいたら、ただそれだけで「守ってやらなきゃ」とか「おっぱいは?おむつは?」という気持ちになるんだなっていうことぐらいで。


私が唯一実感したことは、そこに「自分の子だから」という気持ちはあんまりなく、ただただ目の前の小さい命があんまり頼りなくて、こんなもんを任されていることに、うれしさと同時にいつも「もったいなさ」のようなものを感じてしまうのです。


「母」だの「我が子」だのと私が実感できるようになるのは、もっと先のことなのかなあ。とりあえず、今のところは「一人じゃなんにもできない人なので、育てずにおれん」という気持ちでありがたく子育てしています。


あれ……なんかいつもとトーンがちがってしまった。
いえね、入院の思い出、これからが地獄だったんです。
まだまだ試練は続きます。

**ごちん**

あ。すごいタイトルとなるバンビのところがなぜか一番下にありました。今直しましたが、これって確か更新すると、読者登録していただいている方のところにメールがいってしまうのですよね。ごめんなさい!



よし。まだ最終更新から一カ月たってないぞ!

という低レベルの話になってまいりました。


さて、生後4カ月を過ぎた我が子。

赤ちゃんというより

なんかもう子どもの顔してる気がします。


たった4カ月って、

大人にとっては「屁」みたいな短い時間ですよね。

でも赤ん坊は体重が何倍にもなり

背がぐいぐい伸びて

ものすごい勢いで服のサイズがかわっていくのです。

すごいわ。

お母さんのお腹のなかで真空パックされてたのが


ぶは~おもち


ってみるみるでかくなるようです。


*********


12月3日(出産当日15時~出産当日20時)


さて、産後2時間は分娩台に乗ったままというのが決まり。

退屈するかと思いきや

電話したりメールしたり、写メ撮ったりしている間に

あっさりタイムアップ。


「さ、そろそろお部屋戻りましょ」と清楚さん。



(@ ̄Д ̄@;)




立てまへん。




腰が笑うとでも言うんでしょうか。

ガクガクしちゃって、とてもじゃないけど

全身が立つことを拒否しております。




らっきょは、赤ん坊を持ってとっとと部屋に帰っちゃいました。




私は清楚さんに支えられ


小鹿のバンビバンビ*


が生まれたときのようにフルフル可憐に立ち上がります。と、再び清楚さん。


「その前に、トイレしましょう」



とおっしゃる。そして、分娩室の隣に、隠し部屋のようにしつらえられたトイレに二人で入る。


「出るかしら?」



清楚さん。

あなたもご一緒?

あなたの前で




しろ




と?




冗談のようにでっかい

赤ん坊のシーツのようなナプキンをあて

T字帯とかいう、ふんどしみたいなのあてられている私。


清楚さんにそれらをとってもらい

ゲラゲラ爆笑爆笑している腰をゆっくり便座に……




おろすだけで一苦労でした。




そして




チーっと

チャーっと




でない。




「あーあ。おしっこの穴のすぐ隣が裂けてるわ」




の先生の声が頭にこびりつき

シモが完全にビビっています。


「出ませ~ん」


と泣きを入れると、免除していただけました。そしてヨロヨロとお部屋へ。


暑くて脱ぎ捨てたユニクロヒートテックやら

痛くてもがいて脱げた靴下やらが

清楚さんによってそれは美しくたたまれていました。


さて、ベッドに座ろうと思ったら


今度は前ではなく後ろの穴が高らかにその存在を主張していることに気付きました。



翻訳すると

「あたいだって痛いのよっ」

とでも申しましょうか。



「痔」のはじまりです。この日から円座クッションとお友達になるのです。


しばらくすると、うちの両親やら姑シズコやらが面会に。そして、らっきょも彼らとともに帰って行きました。彼らは宴会を繰り広げたそうです。そして、懸案となっていましたが、もちろん、やっぱりシズコは私たちの新居に泊まりました。ぐへ。


フーテンの寅さんのように一度出て行ったら帰ってこないこのブログ。

「寅は今頃どこ行ったかねえ」

と、おいちゃんと、さくらが噂しているとフラリと戻ってくる寅さん。


よ。元気だったかい!


すんません。


最近わかりました。

起きているときは娘をあやし

寝てるといっしょに寝てるから

すべてが滞るんだ。

寝てる間に家事をしたり、パソコンに向かえばいいのだ!

と気づいたのですが

じゃあ、あたしはいつ寝るんだ

ってことになるわけです。むじゅかちい。


今日は実録モノではなく、番外編です。


本日、区のベビーマッサージ講座に参加。

助産師さんいわく

「泣いたらそこでおしまいにしましょう。赤ちゃんがマッサージを嫌いになりますからね」

つまり、泣いたらアウト。

ピエっと泣くと、すかさず助産師さんがあらわれ

「はい。ここまでにしましょうね」

と打ち切られる。


次々に脱落する赤ん坊たち。


親必死。


わたくし、娘がピエっと泣いても

と赤子に覆いかぶさり

「あーあー。気持ちいいね。よかったね」

と無意味にでかい声で泣き声をかき消し

最後までやり通しました。


*****


さて、じつは本日は娘の誕生日です。


いえ、産まれた日じゃありませんわよ。

ほら。


だから。


ねえ。


病院でタイミング治療をしていたわたくし。


そう。昨年の今日、ホームランが出たんだったわっ。


そのときの記事はコチラ


お誕生日おめでとう。


あんとき、注射でポンと排卵したのが、お前になったのかあ。


でかくなったなあ。


ありきたりですが娘には「ありがとう。よくきたなあ」としか言いようがありません。


*****


そしてもうひとつ。


本日は

私たちの「レス」一周年でもあります。


そう。あれからすぐ妊娠が発覚し、

妊娠期間中はする気も起きず

産まれたからはもっと起きず

清らかに暮らしています。


らっきょ(夫)「おっぱいは?」


わたくし「レンタル中です」


らっきょ「あっちは?」


わたくし「故障者リスト入りです」


らっきょ「……復帰は?」


わたくし「まだしばらくかかります」


このまま引退かもしれません。