学力の経済学~中室牧子著【教育経済学の本の備忘メモ】 | 福岡の弁護士|菅藤浩三のブログ

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【第1章 データは個人の経験に勝る】

・経済学がデータを用いて明らかにしている教育や育児に関する発見は、教育評論家や子育て専門家の指南やノウハウ(例:褒め育てはしたほうが良い。ご褒美で勉強するように釣ってはいけない)よりもよっぽど価値がある。人間は騙せてもデータは騙せない

・試験当日になると、やたら学生の祖母が急逝して追試希望の連絡が相次ぐ(((´∀`))ケラケラ、生物学の教授の分析によると、祖母が亡くなる確率は中間試験の前で通常の10倍、期末試験の前で通常の19倍、さらにいえば成績が芳しくない生徒の祖母が亡くなる確率は50倍にのぼる。

・他人の子育て成功体験(そういう本はよく売れる)を真似しても自分の子供も上手くいく保証はない。たった1人の個人体験よりも、個人の体験を大量に観察することによって科学的根拠に基づいて見出される規則性を重視する教育経済学の価値はそこにある。

因果関係「Aという原因によってBという結果が生じた」と、相関関係「Aが増えるとBも増える、Bが増えるとAも増える」を区分してとらえるべき。

加えて、第三の要因が関与する見せかけの相関にも、因果関係と混同せぬよう留意しなければならない。

統計的に有意であるとは、処置群(例:新薬を投与される人)と対照群(例:新薬と称して偽薬を投与される人)をランダムに分けて、一定期間経過観察したのちに、処置群と対照群の差が偶然による誤差の範囲内ではない意味ある差ということを指す。単なる誤差の範囲なのか否かに注意を払うことは極めて重要な作業である。
ランダム化比較試験は政策評価のゴールデンスタンダード。エビデンスには階層があり、分析疫学研究や症例報告はその下位で、最下位はエビデンスを伴わない論説や専門家の考え。日本ではその最下位がはびこってきた。

 なお実験の際には数々のバイアスにも注意を払う必要がある。日本では研究材料が公開されていないのが非常に残念

 

【第2章 エビデンスに基づく子育て】

・人間は2週間後にもらう5500円よりも今すぐもらう5000円の方を欲しがちなど、眼前にある満足を優先しがちな選好を持っており、これを双極割引と定義する。これを使えば、すぐ得られるご褒美を設定することは、今すぐ勉強に着手することの満足を高めることになるのだから、ご褒美で釣ってもよいといえる。

 ちなみに、テストでよい点をとればご褒美をあげる(アウトプットにインセンティブを設定)と、本を1冊読んだらご褒美をあげる(インプットにインセンティブを設定)を実験したところ、感覚と異なり後者の成績が良かった。すなわち、ご褒美はテストの点数などのアウトプットではなく、本を読むとか宿題をするとかいったインプットに対して設定するのがより有効である

 なぜなら、アウトプットにご褒美を設定して効果を発揮するには、どうすれば成績を上げられるのか、適切な方法を指南するメンターが必要だから。ちなみに、ご褒美が子供の勉強に対する楽しさという熱意を失わせるものではないことも実験で確かめられている。

 ご褒美として設定する対価は必ずしもお金はダメというわけではない。

・子供を褒めるときには「やればできる子なのよ」とか「あたまがいいのね」とかもともとの能力をほめるのではなく、「よくがんばったわね」とか「よく休まずやりとげたね」などと具体的に達成した内容をほめなければ効果がない

デジタルゲームやテレビそのものが子供に悪影響を及ぼすものではない。例えば、1時間テレビやゲームを辞めさせても、せいぜい2~3分しか学習時間が増えないという統計結果が出ている。とはいえ、ゲームやテレビの時間が2時間を超えると、学習時間をむしばむ影響が飛躍的に大きくなる。とすると、ゲームやテレビは禁止ではなく、息抜きにやるのは1日1時間以内と時間制限するのが大事である。

親が子供に「勉強しなさい」と口で言うのはお手軽ではあるが効果の低いエネルギーの無駄遣い。逆に「勉強している様子を見ている」など、親自身が自分の時間も犠牲にしたうえで手間暇をかけて関わるのはかなり効果が高い

 多忙な親自身ができないなら、塾や家庭教師にゆだねても効果は同じである。

・平均的な学力の高い友達の中にいると、自分の学力にもプラスの影響がある。優秀な同級生に影響を受けるのは優秀な層だけなので、学力の高い友達とさえそばにいればよいというのは間違いで、むしろ学力が低い人にはマイナスに作用する。同じような学力の子供で集団を形成するのは全体の学力を押し上げ、特にもともと学力の低い人には有効である。これらは感覚ではなく統計に基づいた帰結。

問題児の反社会的行動は学級全体に影響を及ぼす(腐った蜜柑のテーゼがあてはまってました)。引っ越しという強制的な環境の変化が、負のピアエフェクトを小さくし子供をまもる。

・人的資本へ投資する時期として費用対効果の面でベストなのは、子供が小学校に入る前。もっとも、ここでいう人的資本とは、デスク学習のみならず、しつけなどの人格形成や体力健康などのフィジカルベースの部分も含むことを見過ごしてはならない。

 

【第3章 人生の成功に重要な非認知能力】

・非認知能力(例:忍耐力がある。社会性がある。意欲がある)は、将来の年収・学歴や仕事など労働市場における成果にも大きく影響する。一歩学校の外に出たら、学力以外の、自己管理・意欲・勤勉・社会性などの非認知能力が圧倒的に大切であることも統計から導かれる。

・その中で重要な非認知能力は、自制心とやり抜く力である。しつけを受けた人は勤勉性を習得しており年収も高い。

 

【第4章 エビデンスなき日本の教育政策】

・少人数学習は学力を上昇させる因果関係はあるものの、他の政策と比較すると費用対効果が低いことも統計から導かれる。巨額の財政赤字を抱えている国で、少人数学習になるときめ細かい指導ができるなどと根拠のない期待や思い込みで、財政支出を行うべきでない。

・小中学生の生徒1人1台にタブレット端末を配布するというのは、手段であるはずのものが政策目的化した誤った例。

 タブレットを配布することで、これまでできなかった何を実行したいのか、それはこれまでできなかったことをどのくらい改善するのか、まるで検証されていない。

・学力テストを地域ごとで分析しても、家庭の資源が学力に与えている影響を除外しないで分析するのは非科学的で、政策に有用な情報はほとんど得られない。どういう学校に行っているかと同じくらい、どういう家庭に生まれ育ったかが、学力に与える影響は大きい。

 むしろ、ゆとり教育などある世代の子供全員を対象にして平等にふるまわれた政策は、親の所得や学歴といった家庭資源による世代内での教育格差をかえって拡大させてしまう。その時代の教育政策のかじ取りが誤っているとき、世代全体に悪影響を及ぼし、世代間の不平等も招来してしまう。

・子供手当のような補助金は学力の向上には因果関係を持たなかったことも実験で明らかになっている。

・「手をつないでみんなでゴール」など学校で平等を重視した教育を受けた人は、他人を思いやり親切にしあう気持にかえって欠ける大人になってしまうという研究結果がある。成功しないのは努力をせずに怠けているからだと、不利な環境に置かれている他人に対する想像力を養う機会を奪っているからである。

 

【第5章 日本の教育にかけている教員の質という概念】

・能力の高い教員は、家庭の資源の不利など、子供自身にどうしようもできない問題を解決するほどの影響力を持つ。少子化が進む中では、少人数学習によって教員の受け持ち生徒数を減らすよりも、教員自身の質を高める方向に資源を投下するほうが有効。

・とはいえ、教員にインセンティブ(例:生徒の成績が上がったらボーナスを増す)を与えることは実は質を高めることにつながっていないという実験もある。他方、ボーナスを失うというペナルティを課した教師に教わった子供のほうが成績がより高かった。経済学では、人は得たものを失うのを嫌がるという損失回避の傾向がある。

・教員研修に教員の質を上げる因果関係はないことも実験で明らかになっている。

・教員免許の存在が必ずしも教員の質を担保するわけではないというのは、経済学者の常識。もっともこれが有効では。

 

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