第6冊 ソウル清渓川 再生

 

 

著者は、朴賛弼(パク・チャンピル)さんです。

 

建築・環境研究者

 

著者に『よみがえる古民家』『日本の生活環境文化大事典』、『写真で見る民家大事典』『図説民俗建築大事典』(いづれも共著)『ソウル清渓川復元における都市構造の空間構成に関する研究』などがある。

 

この本は、清渓川周辺の昔に貴重な写真や風習など、現代の清渓川の周辺の様子などが書かれています。

 

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清渓川の過去から現代までの歴史が分かる本です。

 

朝鮮王朝時代に風水思想にもとづいた作れらて都市は清渓川を中心としたものだった。

 

「背山臨水」の地形として、山を背に、前に川が流れている地形。

 

今の景福宮のある場所で、北岳山を背に、前に清渓川と漢江。

 

ちなみの景福宮の後ろにある山、北岳山。(パスポートが必要ですけど、登れます)

 

しかし、風水思想でつくられた都市も、大雨などで清渓川が洪水し、被害をもたらした。

 

また、生活排水などによる河川の汚染も見られた。

 

そして、1960年代に清渓川に蓋をする覆蓋計画が持ち上がり、実施される。

 

それまでの風習の踏橋、凧あげ、燃燈祭りなどがあったが、燃燈祭りだけが現代に残った。

 

覆蓋された清渓川に高架道路の計画され、実施される。

 

それは、東京の首都高を真似たものだった。

 

1980年代に入ると色々な問題が指摘される。

 

覆蓋された清渓川はもはや下水と化し、メタンガスの爆発の危険性があった。

 

そして、元も清渓川に戻そうとする人が現れた。

 

それが、李明博氏だ。

 

のちの大統領になる人だ。

 

彼はソウル市長選挙の立候補して、当選する。

 

清渓川の復元工事が開始される。

 

復元工事は2005年10月に完了。

 

復元工事の際には、様々な障害があったが、何とか解決していった。

 

(道路がなくなるわけだから、交通問題の解決や商人、露天商などの問題など)

 

清渓川の蓋が取れると、広々としたした空間が出来た。

 

ただし、昔のように支流からきれいな水を集まられる状況ではなかった。

 

そこで、漢江の水を清渓川の上流までポンプアップして流す方法である。

 

つまり、清渓川は人工水路となったのである。

 

清渓川の復元の際に上流から、歴史・文化空間、遊び・教育空間、自然・生態空間のコンセプトでデザインされた。

 

以上で簡単に、清渓川の歴史を説明しました。

 

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私なりに清渓川で気になっていたことが解決が解決しました。

 

清渓川の上流は、あの貝のオブジェの名前は「スプリング」という名前でした。

 

それと、この川の水はどこから来ているのか気になっていた。

 

それは、水をポンプアップして、この「スプリング」の所から川の流れが始まっているということ。

 

以前、韓国語学堂で川の名前を知っている人ということで、「清渓川」と答えた所、先生は「あれは川ではない」と答えた。

 

ようやく、その答えがわかった。

 

それは人工水路だったからだ。

 

今や観光名所として成り立っている清渓川は、復元工事をして正解だったようだ。

 

憩いの場として、ソウルに行った時には、楽しませてくれる。

 

 

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

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