この人の願いは、何なんだろう。

叶えたい。ふと思った。




悪魔はいつも「願いを叶えてやろう」と言うし

わたしも「叶えてあげる」って言ってたけれど

そう言うことじゃなくて。





あなたの言う「救い」は、いつ終わるんだろう。


終わらせたいのかな。


その、みんな天国に行く様を、見たいのかな。

生きて?死んで?どこかで?




もう一度悪魔と契約してみても

彼に捕まえて貰えるかなんてわからない。

何より、そんなことをさせたいのか、わたしは。

それをしたいのか。




本当は、今、こうして会えているのに。




だけど彼はこのまま仕事をするのだろう。

わたしはやっと、そんな彼の仕事に、思い掛けず安寧を得たから、それを応援したいような気もするんだ。


けれど、その仕事、終わらなさそうで。

わたしはその内

彼曰く…煉獄に行って浄化されて救われるのだとして。




彼は、救いのためにまた救いをして

そして、

ずっとずっとこの空と地の間に彷徨い続けるなら。



わたしはまたいつ、彼に会えるのかな。

いや、そう、会ってる。

もうここで会ってるから。



わたしはどうしたいかな。

今わたしに出来ることは、何だろう。




悪魔に差し出して、散々疲れさせてしまったこの身体。

でもこの魂−心−は今

この身体と共にとても自由なんだ。

わたしは今、生きて自由なんだ。



なんだかんだで彼のお陰だった。

本当はもう、既に救われていた。

気付いたから。

だから彼曰く煉獄に行ったって、なんのそのだし。

別にこれから行先が天国でも地獄でも、本当はどこでも構わないんだ。



だって、わたしは自由だから。

自由だったの。

自由に行き先を決めていい。




あなたと同じ場所に行きたいって思った。


だけど、そんな保証はどこにも無い。

願ったような呪いのようなものをかけても、わたしは結局、あなたの行く先に、あなた自身の沢山の幸せがあることを、祈ってる。



あなたがこの空と地の狭間、どこを彷徨い

そして、どこに向かおうとも。どこに居ても。



だって、あなたはもう自由だから。

本当は、あなたの自由だから。

わたしが気付いたように。



じゃあ、どうしたらいいのかな。

わたしはどうしたいのかな。

この自由の上で、わたしはこの人の願いを叶えてみたい。

そう思った。


いや、もう本当は叶ってるのか。

だって救われたのだから。

そこに、気付いたのだから。


確かに、救いがあった。





だったら本当、なんでもいいんじゃないか。

今目の前の男は、

瞬く間に片付けを進めていて、もう終わりかけてそうだ。これだから仕事の出来る男は。次の救いへと向かうのか。少しっくらい休めばいいのに。





わたしはもう救われていた。

悪魔に身体を奪われたと、差し出してしまったと苦しかった。そしてズルズルと幻をいつか叶えたくて続けてしまったけれど、本当はいつでも魂−心−と共に身体はあったんだ。



救ったら、もう終わりなの?

でも、始まるのはどこ。

今は、いつ。




きっと、彼は丁寧にならざるを得なかったんだ。

冒す罪の重さを考えて。

そして、その救いと天秤にかけて。

はたまた、幾らでもある誘惑に惑わされないように。

元々、とても優しかったから。考えて丁寧になったんじゃないのか。元々の丁寧さとはまた違うような、絶対的立場を取るための丁寧さ。それでいて祈るような丁寧さに、今自らを置いているんじゃないか。




本当は、この命、身体、目の前を…

壊さないように、それは大切にするために

丁寧に扱ってくれているんじゃないか。

無意識に。




じゃあ、それは罪じゃないって

もうそういうことでいいんじゃないか。

別に、彼が罪だと考えていたっていい。

わたしは、罪になんて思わないってことでいいんじゃないか。

だって、本当に、別に何とも思ってないから。





わたしは♡



証明したいって言うよりも。

この魂−心−と身体がしたがっていたことは。

今したがっていることは。


ずっと、

憧れていたものに捧げたいって思い続けていた。

もう見れない、いつかの夢。

故郷の香り。素敵な魔女のお姉さんたち。


でも結局、悪魔に捧げたことにしてたんだ。

そうして少し長い時、彷徨っていた。

絶対に本当は望んでいないものに与えてなるものかと、ずっと頑なに握りしめていたけれど。



自由に、自由にしていいのなら。


今出来ることを自由にしていいのなら。

身も心も、投げ出してみたい。与えてみたい。

今度こそ自らその気で、思うままに、そのまま受け取りたい。いつかこの魂が、この身に宿った時に、そうだったように。



あなたを救いたいなんて烏滸がましいけれど、ちょっとそれに近いのかもしれない。

でも、本当はそうじゃない。


そこに起こることは、決して罪なんかじゃない。

〈お互い今ここに生きてる〉っていう

そういうことだから。


罪とか罰とか償うとか贖うとか、救うとか

もう別にどうでもいい。

でも、だから本当にもう、なんでもござれよ。





だって、

わたしは、あなたが何してどんな風に生きてようが

きっと、好きだ。




「ねぇ、ちょっと

 こっちに来てくれない?」



「…」



彼(か)の男は、今絶対に聞こえないフリをした。

古今東西、本当に自慢でもなんでも無いが、流石に人間の男とも悪魔のオスとも関わってきたんだ。それくらいわかると言いたい。きっとそうに違いない。…思い込みかもしれないが。


…でも‼️今これだけはわかる。

今、奴を逃してはならない。

時は今‼︎絶対に今‼︎今目の前‼︎


わたしの身体は今大きくは動けず、床の上で少しグッタリして椅子にもたれているから、とにかく呼ぶ。呼ぶしかないんだ。


「どうしても、どうしても‼︎

 もう別に悪魔との契約はないんだし、

 ちゃんと罪を償うから。

 もう行くんでしょ。だから最後にどうしても」

 

「…なんですか」


「ちょっとだけ、

その、あなたの聖なる?短剣を見せてよ。

すっごく綺麗だったから。

絶対にあなたが持ってて。

わたしは絶対に、あなたに変なことしないから」




あなたには、しない。多分。物理的には。



「これは自分の短剣じゃないですよ。

神に清められた、聖なる短剣ですから」



あーぁ、アホだなぁ。

そんなクソつまんないこと説明してくれちゃって。

でも、本当に、残念なくらい丁寧だ。



男は意外にも然程勿体ぶらずに、サラリとこちらに来た。

…いや、あれだけ呼びかけたのなら、どうだろう。

まあそんなこと、こっちに来るならどうでもいい。



多分、

こんな雰囲気の女の誘惑はごまんと見てきている。

女に限らず悪魔の誘惑も散々知っているのだろう。

そして、そこに絶対に揺るがない教義、立場、思考。清めた心、そして制した肉体を常に自ら静かに保ち続けることに、すべてを費やしている。



何がどう展開しようとも

彼としては、己の静粛な対応をするだけだからこそ

こういうアホみたいな呼びかけにも

ほんの少しなら答えてくれるのだ。


憶測だけど。



目の前にきた。思ったより背は高い。

なんか変な香りがする。

これは多分、この仕事をする者の身に纏う香りだ。


清めという名の薫香の焚きしめ。戒め。禁じ。


 


案外とても近くに来てくれた。やっぱり変な男。


悪魔の女の時、

男たちはわたしの正体を知らなければ追いかけ密着してくるし、正体を知ったのなら慌てて逃げる。

悪魔は、こちらが暇になった時に脳裏から現れて、気付けば絡んでいる。


そして今、彼は。

わたしの目の前に屈んで、触れそうで触れない位置にいた。

短剣を持った手だけ、こちら側に差し出して。

剣は横を向いている。



話しかけてみた。



近づいたこの距離に甘えて、あやかりたいような。

2人の間に聞こえるくらいの、これまでより小さな声で。




「こんなに綺麗なの、一体どうやって作るの?

 神様が清めてくれたから、こんなに綺麗なの?」


「…綺麗に見えますか?」



驚いて男の方に顔を向けると

初めて、向こうが先にわたしを見ていた。

その目は、わたしの目を真っ直ぐ見ていた。



「神様の剣なら、綺麗なんじゃないの?」


「使ってしまったら、その分汚れはします。

 ですが神は、その上で地上に、

 この清めの剣を与えられたんですよ」



へーぇ。今のあなたの発言、そっくりそのまんま!

そのアホな耳にもう一度ぶち込んでやりたい。


まだ、彼との睨めっこは続いている。


この男、こうして見ると目を逸らさない。

相手のことなんて一切知りませんみたいな独特の雰囲気があるのに、やっぱり所作は丁寧で、そして心は聖邪の狭間のどこかに置いてあるんだ。自ら。その目の奥の、どこかに。


うん、もう別にそれでいい。本当に、何でも。




「あなたに与えたの?」


「わたしたちに、与えられたんですよ」


そんなこともわからないんですか?みたいな口調。

やっぱりなんだかちょっとムカつく!


あなたこそ!その言葉の意味。

どこまでわかってるの。わかっているの?



「そうなんだ」



なるほどね。


教えてくれてありがとう、と剣に目を戻す。




目に見えてゆっくりと心がけて柄(つか)の部分に手を伸ばす。

そうすればわたしが短剣を奪おうとか、彼の想定する無謀な行為をする意思などないことを示せるだろう。利き手じゃないことにして、左手にもしてみた。…わたし、何という心遣い。



一瞬彼の指に触れたけれど、彼は白い手袋をはめているので、その生身と触れ合うことはない。

剣は、ひたすら冷たい。



「…でも、今この剣を使っているのは

 確かにあなただよね?」


「まぁ、それはそうなりますね」




よし。

思いきり、彼の手ごと短剣を握って。




わたしはそのまま一気に

左胸のその位置に、短剣をめり込ませた。

不思議と、すんなりと貫いてくれた。




彼がいつも研いでいるからなのかな。

丁寧で静かで、迅速な仕事ぶりだから。


だから、丁寧に静かに速やかに

今、わたしを貫いてくれたような。






おぉ、彼が、

本当に驚いたようにまじまじとわたしを見ている。





気付けば、ピンク色の黄昏は終わっていたようで

部屋は夕方の藍色、影の色が濃く広がっていた。

ー日の終わりね。




ああやっと。

やっと、やりたいことが思いっきり出来た気がする。

少女の頃、故郷の山で

新緑の空気を胸いっぱいに吸い込んだ時みたい。


もう、前みたいに、わざとその気にさせようとして

「あなたの心が、身体が欲しい」なんて言う必要なんかない。わたしは自由だったから。

欲しいんじゃなくて、好きで、いいんだ。

だって、そうなんだもん。




願ったり叶ったりじゃないか。

あなたはこれが罪のように思ってるけれど

わたしは別にそんなことどうでもいい。

だって、こんなにも生きる喜びを感じてる。



「あなたが好き。

 素敵に幸せに生きてね」



その中身は、これからあなたが自分で探して 

自由に決めればいい。

わたしがそうしたみたいに✴︎





…とはいえ、ちょっと彼の心中慮ると…

わたしの勝手な想像だけど大変心苦しいところもあったりはしたので、ちょっと怖かったので、言葉を言い放つとき、目はもう閉じて置いた。


すまんね!笑

なんだかんだでビビりで怖いんだよ‼︎笑



でも、わたし、別に煉獄とか行かない気がするんだ。

あってもなくても何でも。どうでも。





だって、こうして夜の帳が下りたなら


きっとあなたは

その心の在処−アリカ−を空と地の間に探し始めるから。

わたしもまた、同じ季節(トキ)、星々の下辿りたい。

この黄昏の先に。



今度は、もっと身体を大事にして。

そして、もう、魔法も契約も罪も救いもいらない。

かつて夢見て憧れたのは

この生きて自由な少女のようなわたしの心だった。


けれど本当は、いつもあったんだ。

それらは全て、既に持っていたってわかった。

本当はいつも叶っていた。この身に。

だから、今度もそんな。


生身の人間の女を、生を、存分に生きるよ。

いつだって。



こちらは本日10/26の夜明けです★



黄昏といえば、秘密の黄昏。

という繋がりでKalafina 「storia」を✴︎




↓10年くらい前のライブの歌い方が、結構好きかもしれない♡そしてhikaruさんの声が、本当好き♡みなさん好きなんだけれども♡