かんちゃんとお別れしてからもう1週間。
このブログを書き上げる頃には日付が変わっているだろうから、もう8日になる。
通常、亡くなられた方は四十九日を境にこの世を本当に去るという。
四十九日法要、これをどう執り行うのかとても悩んでいる。
火葬後、遺骨は押入れに保管していて
入院中はお家に帰れば骨になったかんちゃんに会える!って意気揚々ととしていたけど、いざお家に帰ってからは一度たりとも見ていない、見れない。
悲しくなるから、とかじゃなくてどうなるか分からないからという方がリアルに近いように思う。
かんちゃんの遺骨。
正直本心を言えばネックレスにしたりして私が死ぬまで一部として持っていたい。
だけどそれはかんちゃんにとって正しいことなのかな。
またいつか誰かに生まれ変われるかもしれないかんちゃんが、いつまでも彷徨ってしまったりしないのかな。
わたしはそんなのは嫌だ。
この世で一緒に生きる事は出来なかったから、天国へ行くのに迷ったりせず行って欲しい。
その為には法要をしてもらわないと!
あれ、でもそうなると遺骨を全てお寺さんに渡さないといけないの?
…それも勇気が出ない。
せっかくかんちゃんが生きた証なのに。
いつまでもいつまでも持っておくつもりでいたのに。
かんちゃんを手放すのは嫌だ。
だけどかんちゃんがこの世とあの世の間で迷い続けるのももっと嫌だ。
この世とかあの世とか大体本当にあるのなら、迷う事なく旅立って、またいつか、生まれ変われるならそれがいいけど本当に現実味がなさすぎて。
この問題に関しては今本当に悩む事で、もし手放すとすればこんなに早く切り替えなければいけない事でも乗り越えるべき壁。
本当に、答えが出ない。
四十九日まであと1カ月ちょっと。
この1週間考えても答えが出なかったけど
あと1ヶ月、あと1ヶ月。