今日は葉室御霊神社の霊大祭です。 | 日本は素敵! 和の心 

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今日は葉室御霊神社の霊大祭です。

年に一度、葉室家はもとより多くの方とお祀りをさせていただいております。


葉室御霊神社(はむろごりょうじんじゃ)は、京都、西京区山田南町にある、坂道を登って少し高台になった場所に鎮座しています。
葉室の名は境内北に山田葉室町と今でも地名で残っています。




葉室家は、平安時代中期の右大臣藤原定方(ふじわらのさだかた)に始まる藤原北家勧修寺流の流れを汲み、参議藤原為房(ふじわらのためふさ)の二男で権中納言藤原顕隆(ふじわらのあきたか)が平安時代末期に創設した公家です。

この神社は、葉室家の荘園内の鎮守の神として建立され、代々の葉室家の祖霊(御霊)を祀ってきました。

現在の社殿は、葉室家第二十三代の大納言葉室頼孝(はむろよりたか)が、元禄二年(1689)に建立したもので、昭和五十六年(1981)十月に当時の葉室家当主で、後に春日大社の宮司を務めた第三十七代葉室賴昭(はむろよりあき)により修理されました。

「言継日記」には、山科言継が葉室頼継の山荘を訪ねた際に、御霊社の祭礼、猿楽を見物したとあります。

御祭神は御霊大明神。
日本国には古来より神道がありました。
個人や社会に不幸をもたらす要因は、単に神の祟りに帰せられていました。
これを防ぐ道は神の意志を和らげ慰める他になかったのです。
然るに仏教が日本に広まるにつれて、祟りは神の絶対意志としれ避けられない不幸とは観ぜずに、それは人格的な祖霊の働きであるとし、祟り・怨霊と我等との関係が始めて諒解されるようになりました。
そして平安初期より祖霊を神社として祀り、僧侶が経巻の転読を行って祖霊の供養が行われてきました。
これが御霊神社の起因で、また神仏習合の始まりでもあります。

また、御霊大明神の左手には国挟槌尊(くにさづちのみこと)
国挟槌尊(月霊)は、あまり知られていない神ですが、日本書紀によれば天地剖判(てんちぼうはん 天地開闢)の最初に現れた神の神世七代の第一代の神、国常立尊(くにのとこたちのみこと)の次に生まれた神とされ、高天原の天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)と対比して、国の地盤形成の概念から生じた神として土地を司り守護するとされています。

右手には菩薩像 
生まれながら身体に変形をもった人の悩みを救う菩薩といはれていますが、その御名は不明です。
心無き人の仕業かかなり損傷を受けています、しかし自分の身体を捨てて人々の悩みを救う偉大な大悲力を発揮されてきた有難い菩薩像です。

そして菩薩像の右手に十禅師社
十禅師は、奈良時代の宝亀三年(772)に学徳兼備の僧侶十名を全国から選んで、十禅師の称号を与えたことにちなんだもので、この十名の僧侶を祀っています。


ご先祖様、ありがたいことです。
10代遡ると単純に1024人のご先祖様がいらっしゃることになります。
なんて凄いことでしょうね。
ご先祖様の供養をおろそかにすることがあります。
すいません。
これからも宜しくお願いいたします。

みなさまも、ご先祖様供養、お墓参りなどはちゃんとされてますか。
ご先祖様を大切に!