何のために生きるのか・・・
・・・多くの人がぶつかる疑問かと思う。
自分自身、小学生の頃から悩んでいた。
小学生の頃、山道を一時間ほどかけて歩いて通学していたが、振り返ってみると、歩行禅か逍遥学派のように真理を求めていたように思う。
何事にも目的がある。
勉強は就職のためであり、仕事はお金を稼ぐためだ。
しかし、その根源の「生きる目的」は誰も教えてくれなかった。
やがて社会人となり、本を読み、解かったことは、
「人生の目的は魂を成長させることであり、この世は修行の場である」
・・・ということだった。
では、魂を成長させるにはどうしたらよいのだろう?
そのために必要なのが「課題」だ。
これは「使命」に関わることだが、「人生でなすべきこと」を明確にし、細分化し、「今日一日でなすべきこと」を明確にすることだ。
「たとえば、病気で苦しむ人を救いたい」という目標を持つなら、大学の医学部に入り、医者の資格を取るために勉学に励まねばならない。
「調理師になって、美味しい料理を作ることで人を幸福にしたい」と思うなら、調理関係の仕事に就職するなり、専門学校に通うなりせねばならない。
目標が明確であるほど、勉学にも力が入るだろう。
そして、就職後もスキルを磨くべく、仕事に励むだろう。
勉学や仕事に積極的になれるかどうかも「人生の課題」が大きく影響する。
そして、積極的であれば「発見・気付き」も多くなる。
そして、「成長していく自分」を感じることができる。
仕事のスキルにとどまらず、コミュニケーション能力や心のコントロール法まで向上するなら、それは仕事能力を超え、精神的な成長感を味わうことができる。
前回、涅槃寂静という仏教用語を紹介したが、この「精神的な成長感」は涅槃の境地に近いものと思う。
物質的なものを得たわけではないが、それ以上に喜びと高揚感を与えてくれるものだ。
そのために必要なのが「人生の課題」である。