この間、井上陽水の本をかった。
4000円近くしたが、今のところ後悔はしていない。
TOKYO FM出版という、中途半端にメジャー感はあるが
きいたこともない出版社から出されていた。
なんでもTOKYO FMの人が陽水氏が世に出るのに一役かったようで。

感想肌


なんでこんな本を買ったかというと、
私にとって井上陽水は、音だけではなく
言語的にも楽しませてくれる人だからだろう。

母親がクラシックの合間に、大滝詠一や井上陽水のレコードをかけており、
子供の頃から、へんな髪型で「俺はマッシュポテトだ」などと歌ったりする
この歌手に対し何らかの違和感をいだいていたが、
この前、笑っていいともに井上陽水が出演した
'83年頃の映像がyoutubeにあって、それがすごく面白かった。

井上陽水は終始へらへらとほほえみをうかべ、
「アルコールっていうのはぼくの体には強すぎるんですよ。
で、若いときから酒飲みの人っていうのは、若くして鈍感だったのかな(笑」
などと、ものすごくいやみなことをいっていた。 

しかし、それはぜんぜんいやみにきこえず、むしろ
ある種のペーソスと、一方で冷めた感覚をもちあわせた
その奇妙な姿は、自分の思い描いていた井上陽水そのまま、
あるいは、そのすこしななめ上をいく面白さだった。

その笑っていいともの映像もそうだが、よく陽水氏は
「僕もおとななのだから、、、(社会的にふるまわないと)」
「エンターテイナーなのだから、、、(楽しませないと)」
という趣旨のことをいう。
しかしそれは、諦念という感じではなく、義務感というわけでもなさそうで、
割り切りといっても言葉がたりない。

本当はそんなことをするつもりはないんだけど、
あえてそれをやってる自分自身をおもしろがっているような、
非常に屈折した感覚でやってるように見える。
ましてや、それがいかにもな屈折にはうつらず、やってる本人を見てると
非常に素直に見えるのが、また屈折しているところでもある。


井上陽水は、その声もさることながら、まわりの世界をつかんでそれを言葉で
端的に表現する能力のある作詞家の一人だと思う。
しかし彼の場合は、忌野清志郎や甲本ひろとなどのように、
それをそのままつかみ出すのではなく、
彼独特のフィルターにかけて、世界をねじ曲げて表現する。



たとえば陽水がこんな世界を歌いはじめたとする。
”窓の外ではリンゴ売り 声を枯らしてリンゴ売り”(「氷の世界」)

そのあとにくる陽水の言葉は、労働者の悲哀でもなく、リンゴ売りという存在に
対する郷愁でもない。彼はこうつづける

”きっと誰かがふざけて リンゴ売りのまねをしているだけなんだろう”

彼はつかみとった外界を、意図的にねじまげておもしろがっている。



それからパッとおもいつく例では

「あまい口づけ 遠い思い出
夢の間にうかべて 泣こうか」

というのがあるが、これはずいぶん甘い歌詞なのだが、「泣こうか」
という言い方で、もうなんか、陽水先生独特のさめ方というか、
そういうのが窓から顔をうかがっている感じがする。

それから「夢の間にうかべて」というのも、一見どうってことないが、
思い出を夢の間に浮かべて泣く、とは、毎日見る夢のなかで
時折昔の思い出が出てきて、朝起きると涙で枕が、、、という
感じなのかもしれないが、やっぱり少し屈折した世界表現という気がする。


この本は、こうした井上陽水氏の
おもしろい人柄が十分味わえる本である。
陽水氏は言葉の使い方が非常に面白い。

(忌野清志郎との対談で)
「高校生の時に忌野っていうフィーリングがあったんだね。それは
すごいことですよ」

(将棋名人について)
「それにしても、あんな盤の上に何枚かの駒を並べ、
それの行く末が生活の中心になっている。
世の中とはまったく関係がない。というところが面白いですね。」

(井上陽水『九段』を語る )
「ラブレターの効能を再検討してみてください。
相手の気持ちがいつでも取り出して見られるという恐ろしい世界(笑」

陽水氏のインタビューや対談がこれでもかとならんでおり
その人間像に興味を持っている人なら食あたりになるくらい
井上陽水を堪能できる本だと思う。


私が、本当にいま一番やってほしいテレビ番組は、井上陽水とタモリの
世間話を、2時間くらい(もう二人とも年なので、1時間でもいい)
放映するという番組だ。
もう消えてしまったが、タモリ倶楽部で陽水とタモリがしゃべってる
のがyoutubeにあがっていたが、この二人の対談は本当に面白かった。
おたがい、素直に屈折してるような人たちだが、この人たちの会話の
自由なことといったらなかった。
年に2回(できれば3回)やってほしい。

上記の本を読んでるとき、タモリとの関係も気になっていたが、後半、
「井上陽水、タモリを語る」というインタビューものっていたので
最高だった。忌野清志郎との対談とならび、まさしくこの本の
個人的ハイライトだと思う。


旅行に行ってきたが飛行機の圧力が気持ちいい。
それから旅行先で見たどんな景色よりも美しかったのが
帰りの飛行機の窓から見た地上から10000m上空の、
下のほうに延々と雲が広がっている光景である。
周囲温度はマイナス50度をさしていた。
雲のじゅうたんの向こう側から、何が現れてもおかしくなく
この世の果てに一歩近づいたような気がした。
自分はそれを見て、旅行にきてよかったと思った。


●音楽しょうかい

感想肌

shellac 1000 hurts

オープンリールテープのパッケージとおぼしきジャケデザインに
アルバムに関する情報を淡々と読み上げるオープニング、
ひたすら「記録物」であることに徹することが、このアルバム
のコンセプトであるように思える。
「おまえらはガタガタいわずに、CDプレーヤのボタンを押して
 中に入ってる記録(レコード)を聞きゃいーんだ!」
そういう、スティーブアルビニ先生の主張がかんじられる。

そして実際になにも考えずにこの記録を味わってみると、
これがなかなかいける。ドラム、ギター、ベース、声という
ロックを構成するのに必要な四要素が、あるときはシンプルに
あるときは複雑にからみ合っている。

シンプルだが、手抜きではない。 矛盾する言い方だが、
精巧にプロデュースされた生音である。
特に1曲目などは、シンプルでどこかにありそうなのに
確実に今まで聞いたことがないような感覚が味わえる。

もはやどこに正解があるのか分からない。
人間はいろんなところに、正解をかくし持っていて気味が悪い




●音楽しょうかい

感想肌
final fantasy「he poos clouds」 2006

ゲームじゃありません。バイオリンを使ったポストロックです。
というかこれはポストロックというのか、ポストクラシックというのか
もはや分からないが、現代的なポップロックを管弦楽でやってみました
という趣の、かなりの怪音楽。でも根底はいい音楽を作ろうという意思
があるので全然わざとらしさがなく普遍的なポップネスを感じる。
ビートルズの「エリナリグビー」みたいな曲が並んでると言えば
このアルバムが少し説明できるかもしれない。

1,2,3,10



心の奥底ではイラっとしても
イラっとした自分に気づかないふりをしながら人は生きている。
人生とは気づかないふりの連続のように思う。
そしてそのうち鈍感になり、本当に
気づかなくなってしまうのだろう。

この前メードカフェに行ったとき、
店員の作りもののわざとらしさに、イライラに近い
違和感を感じながら、
それに気づかないふりをしながら、会話をひねり出していた。
店を出たとき、俺はどう考えてもつかれているに違いないと思い、
自分の胸に手をあて、確認してみると、
意外にも疲れが取れている自分がいた。
ここに人生をやりすごすカギがあるように思えた。


●●
気配りをする人というのは、人に借りを作るのが嫌な人なのかもしれない。
今日気配りをする人Aと気配りをする人Bがけんかしているのを見た。
何で争っているのか盗聴してみると、おたがいに譲り合っているのだった。
A「それじゃあおれの気がすまねえ」B「いやこれでいいんだお前の好きにやってくれ」
この平行線だった。

まるで上島竜兵のいないダチョウ倶楽部みたいなもので、お互いが
ものすごいけんまくで「どうぞどうぞ!」「いやそちらこそどうぞどうぞ!」
といってるのだった。

そしてこれがなんでけんかになるのかというと、おたがい相手のためでなく
自分のためにやってるから譲れないのだろう。
もっともこの譲り合いにはお互いの利害関係やら感情やらがからみあっているので当然の帰結ではあるのだが、、、
そういうのをひっくるめて「気配り」なのだろう。



自分が発売日を待ちわびた、おそらくは最初で最後のJ-popレコード
になるであろう、「rollin' rollin'」の発売日が昨日(16日)だったが、まだ買ってない。
アマゾンでは朝みたら売り切れだった。ひょっとするとヒットチャートに
入るかもしれない。そうすると、P-VINEのレコードがチャートに入るという
珍事が発生する。
 

うまい棒の製造元である やおきんのカタログをダウンロードして見てみたが、
コンビニに入っている駄菓子のほとんどが やおきんに制圧されているのがわかった。
感想肌
カタログにのってる「酢だこさん太郎」などを作っているのはたしか
菓道という名前の会社だった気がするが、そこらへんは、子会社なのか
協力会社なのかよくわからない。
(ひょっとしたらやおきんは商社機能を持ったメーカーなのかもしれない)
こんどじっくり調べてみる必要がある。
菓道というのはなかなか味のある名前だと私は思う。
それから「酢だこさん太郎」「甘いかさん太郎」などは、結局
敬称なのか呼び捨てなのかよくわからない。

うまい棒のなっとう味はカタログに載っていなかった。
最近みないと思ったら、いつのまにか消えていたのだ。
ひょっとしたら載ってないだけでまだ販売してるのかも知れないが、
とりあえずコンビニや駄菓子屋でなっとう味をみかけたら、製造年月日を
確認したほうがいいと私は思う。

このやおきんカタログを見ていると、なぜかかんたんにお菓子屋さんを
やれそうな気がしてくるからふしぎだ。

http://www.yaokin.com/catalog/