久々に書いてみようかと(笑)
いろんな事がありすぎて
だけど、いろんな事があったから
ここまでこれたのかな
(笑)
息子は六年生になりました。
やっっっと4月から新しい学校に入る事が出来ました。
それまで、たくさんの関係機関の方々や
友人から支えていただきました。
何度も涙しました。
何度も心折れました。(笑)
そして今があります。感謝。
友人、ありがとう。
学校へはバスと電車と徒歩で
朝の人の多い時間をさけて
登校時間も遅らせてもらえ
付き添って、別室で待機して
週に3日 1時間からスタートしました。
4月22日
息子は行きシブりました。
「行けるところまで行こー!それでも無理なら帰ったらいいさ!」
と、家をでました。
いつもより時間をかけて
人混みをさけて
目的駅まで行く事が出来ました。
しかし、「限界」は近づいていました。
学校へ連絡し、駅で様子を見ていましたがやはり無理でしたので、「よぉ~頑張ってここまで来れたやん!よし!帰ろう!」と帰宅することにしました。
………息子の充電が切れる前に(笑)
自宅前のバス停に着いた頃には、自力で歩くのも難しい様子でした。
いつも渡る信号が赤になってしまいました。
ここで止まると無理だ
(私155㎝息子165㎝73㎏)
と思い、もう一つの青になったばかりの信号を渡ることにしました。
いつも以上の左右確認をして、息子の手を引いて、、、
”ドンっ”
…私、車に跳ねられてしまいました


右折してきた車に
対向車に気を取られ
横断歩道全く見てなかったらしく
息子の手を引いて一歩前を歩く私だけ跳ねられました。(ある意味よかった)
救急車で運ばれ(友人に連絡して息子に付いていてほしいとお願いし病院まで来てもらいました。感謝!!)
頭部打撲(外傷性•ストレスによる脱毛)、むちうち(視力の低下)、全身打撲(目に見えない痛み)………
骨1本折れず、血ぃ一滴出すことなく
大丈夫でした(笑)奇跡だと(笑)
ただひたすら薄れてく意識の中で、ダメダメダメ!と「伝えなきゃ!」と思い「息子は無事ですか?息子には障害があります。」と何度も言っていたようです(笑)
入院を言われ息子も一緒に良いと言われましたが、状態•状況を考え、帰宅することにしました。
息子の事が解る専門の方がいるわけでもなく、何かあってからでは遅いですもん。
私、息子の目の前で跳ねられてしまいましたから、息子のケアをしなきゃ(笑)
2日後、息子ダウン⇩⇩それから10日間、息子の看病でした。(笑)
あれから5ヵ月。だいぶいいです。
ある意味息子が息子だったから踏ん張れているのかも(笑)
連れて行く事の出来ないために
学校の先生の家庭訪問を経て
息子は、週2日ヘルパーさんに付き添ってもらい登校しています。
そして私はその間(週2)通院できています。
気持ちばかりが焦るのですが
今出来ることを、少しずつ、一歩ずつやって行けたらと思います。
あぁぁぁ早く治りたぃっ!!(笑)
いろんな事がありすぎて
だけど、いろんな事があったから
ここまでこれたのかな
息子は六年生になりました。
やっっっと4月から新しい学校に入る事が出来ました。
それまで、たくさんの関係機関の方々や
友人から支えていただきました。
何度も涙しました。
何度も心折れました。(笑)
そして今があります。感謝。
友人、ありがとう。
学校へはバスと電車と徒歩で
朝の人の多い時間をさけて
登校時間も遅らせてもらえ
付き添って、別室で待機して
週に3日 1時間からスタートしました。
4月22日
息子は行きシブりました。
「行けるところまで行こー!それでも無理なら帰ったらいいさ!」
と、家をでました。
いつもより時間をかけて
人混みをさけて
目的駅まで行く事が出来ました。
しかし、「限界」は近づいていました。
学校へ連絡し、駅で様子を見ていましたがやはり無理でしたので、「よぉ~頑張ってここまで来れたやん!よし!帰ろう!」と帰宅することにしました。
………息子の充電が切れる前に(笑)
自宅前のバス停に着いた頃には、自力で歩くのも難しい様子でした。
いつも渡る信号が赤になってしまいました。
ここで止まると無理だ
(私155㎝息子165㎝73㎏)
と思い、もう一つの青になったばかりの信号を渡ることにしました。
いつも以上の左右確認をして、息子の手を引いて、、、
”ドンっ”
…私、車に跳ねられてしまいました
右折してきた車に
対向車に気を取られ
横断歩道全く見てなかったらしく
息子の手を引いて一歩前を歩く私だけ跳ねられました。(ある意味よかった)
救急車で運ばれ(友人に連絡して息子に付いていてほしいとお願いし病院まで来てもらいました。感謝!!)
頭部打撲(外傷性•ストレスによる脱毛)、むちうち(視力の低下)、全身打撲(目に見えない痛み)………
骨1本折れず、血ぃ一滴出すことなく
大丈夫でした(笑)奇跡だと(笑)
ただひたすら薄れてく意識の中で、ダメダメダメ!と「伝えなきゃ!」と思い「息子は無事ですか?息子には障害があります。」と何度も言っていたようです(笑)
入院を言われ息子も一緒に良いと言われましたが、状態•状況を考え、帰宅することにしました。
息子の事が解る専門の方がいるわけでもなく、何かあってからでは遅いですもん。
私、息子の目の前で跳ねられてしまいましたから、息子のケアをしなきゃ(笑)
2日後、息子ダウン⇩⇩それから10日間、息子の看病でした。(笑)
あれから5ヵ月。だいぶいいです。
ある意味息子が息子だったから踏ん張れているのかも(笑)
連れて行く事の出来ないために
学校の先生の家庭訪問を経て
息子は、週2日ヘルパーさんに付き添ってもらい登校しています。
そして私はその間(週2)通院できています。
気持ちばかりが焦るのですが
今出来ることを、少しずつ、一歩ずつやって行けたらと思います。
あぁぁぁ早く治りたぃっ!!(笑)