コンサート後でしっとり呑み明かしている最中から
その日のセットリストが抜け落ちる、アラホー。
記憶力の問題ではなく、
きっと、極度の興奮状態であったとき、
「モノゴトを記録する」という行為は極めて不向きだと、
思われる・・・・うん、そういうことにしておこう。

東京ドーム2日目参戦。

今、感じたことをとりとめもなく
書きとめようと思う。

今回の360度見渡しセット。
これといった大きな装飾はなく、ごくシンプルな構成。

セットリストをほとんど見ていない状態での参戦。
アルバム「LOVE」に加え、
恐らく、アラフェスで投票の多かったであろう曲も加わり、
全体的に、静と動のくっきりとした印象。

彼らのステージをすべて知っているわけではないし、
ファン歴もさほど長いわけではないけど、
今回のステージ、
とても練り込まれた、
「魅せる」ステージだった。
リハーサルの取りずらい中、
ダンスと映像と、レーザーが巧みに絡み合い、
そのうえで、彼らのファンへのLOVEが溢れていた。


これは、私の所感なので、
賛同を求めるつもりはないので、
「そう感じた」というくらいに受け取って欲しいのだけど、

これまでみてきた、「アイドル・嵐」のコンサートでは
コンサートの盛り上げ曲、鉄板曲、シングル曲、
それぞれのソロ曲、それらが、「ちょうどいい具合」に
構成され、どこを切り取っても、アイドル・オン・ステージの
彼らを感じられて、歓声と歓喜が「彼ら自身への存在」に
向けられていた。
勿論、コンサートいうエンターテーメント性の高いものへの
ドキドキやワクワクは確かに存在するのだけど、
そのうえで、あの会場にいる自分自身もまた、あの空気感に
酔い、そのフワフワな膜の中で、彼らをみていた。

でも、今回、自分が参戦して、
すごくすごく楽しかった(笑)
いや、十分、いやいや、十二分、今までも楽しかったのだが、
彼らの魅せるひとつひとつに、
自分自身も参加している、
自分自身も作り上げている一人、
という感覚がとても強かった。
それは、C&Rとはまた違う感覚。

遊園地みたいに、
そこに楽しいものが存在して、
あれもこれも、楽しくて、
でも、それはあくまでも、
「楽しいものに、乗っかる自分」が
楽しいという感覚で、

でも、今回のコンサートは
そうじゃなくて、
大好きな彼らが存在して、
大好きな楽曲がコンサート仕様に作り込まれ、
その空間には幸せが溢れていて、
それでも、そこは「夢の国」ではなくて、
確かに、「在る」愛を確かめ合える時間と空間であって。

そして、彼らから「求められている感」が
たまらなく嬉しくて。


なんだか、自分でも何言ってるか分からないんだけど(笑)


コンサートのあいだじゅう、胸いっぱいの幸福感で
涙が止まらなかったし、
帰りの新幹線で聞いた「LOVE」が、
「さびしい」とか「現実に戻りたくない」とか
そういう感情ではなく、
「ありがとう」という彼らへの想いで溢れかえってしまい、
涙を抑えることができなかった。


彼らは、一大エンターテーメントとして
大きな大きな「価値」を生み出す存在へと成長した。
彼ら自身が、東京ディズニーランドみたいな存在で、
誰もが平等に幸せを与えてもらえる、
そう、期待が寄せられる巨大な偶像になりつつある。
「嵐のコンサート」という存在自身もしかり。
誰もが行ってみたくて、「嵐のファン」というコトバは
今や、「お元気ですか?!」みたいなフラットな感覚で
口にすることができる。

別に、ファンに定義なんてないし、
CDやDVDを買わなくても、
ファンクラブに入らなくても、
運がよければ、そのチケットを手にすることができるのだけど、
そんな大衆性をおびたことへの抵抗があったことは
自分の中で否定できない。

自分勝手な感覚なのだけど、
そんなことは十分わかってるの。
でも、どこか淋しかった(笑)


でも。
彼らは、ずっとずっと、もっともっと、
「愛してほしい」と思っているようだ(笑)
「LOVE」を求めている。
「ついておいで」じゃなくて、
「ついてきてよ」だ。
「愛してやるよ」じゃなくて、
「愛し合おうぜ」なのだ。
「幸せにしてやるよ」ではなく
「幸せになろうよ」だ。


まさに、この感覚が
私の感じた、
彼らからの「LOVE」だった。
頭、ガッツ~~ンって、目が覚めた。

少しずつだが、セトリに触れながら、
もう少し、「LOVE」を振り返ってみようと思う。