昨日はバレンタインデーです。職場のお菓子買い出し担当ですので、一昨日スーパーやお菓子屋さんを回ってチョコレートを買って持って行ったらあっと言う間に少なくなりました…。
個包装のチョコレートを探して、安売りのお菓子屋さんで見つけました!
お菓子やお土産を自分が食べたいと思うものを見た目で選ぶので、美味しいかどうかはあとです。
ですが、これがすぐなくなってしまうので、一週間分まとめ買いします。
さようならYS―11 の公開で茨城空港に初めて行った時もおかずやお菓子を味見をしないで袋の絵だけで見て買ったら意外と美味しかったです
昔から思考力と見抜くことが出来るので、思わぬ所で威力発揮です!
茨城空港になぜ行ったのかと言うと、さようならYS―11一般公開があったからです。


実はつくばの地図と測量の科学館に行った後に空港に向かったので混んでいました…。

入口でうみまるがみんなにあいさつしていたのですが近寄れず、国際線の春秋航空の離陸も撮れず、エプロンに入ってようやくYS―11の姿を撮りました…。
茨城空港が開港するというニュースを知った時、思い当たったことがありました…。
関東地方整備局の仕事の中に羽田空港などの空港整備の仕事があります。鹿島港湾空港整備事務所という出先機関があるのですが、この時はまだ茨城空港を知らなかったので、成田空港の整備のことだと思っていました。でも、百里の仕事だと聞いて意外だなと思いました。
そう、これが茨城空港を知ったきっかけです。
茨城空港は航空自衛隊百里基地に隣接しているので管制は航空自衛隊が担当しているそうです。
他に自衛隊が管制を担当しているのは丘珠、新千歳、三沢、名古屋(小牧)、小松、米子(美保)、徳島などです。
なので、気象予報官がいないそうです。
茨城空港のもう一つの特徴はタラップを使用しているそうです。
これは経費削減の一環だそうですよ!
その他にも格安航空に対するサービスも良いそうで、路線も増えているそうです。

愛称・ブルーイレブンの名前で親しまれています。
このLA701はYS―11の中で一番長く活躍(42年)し、一番最後に愛称が決まったそうです。
中でいろんなお話を伺い、素敵な思い出話は心の中に閉まっておこうと思います。
やはり、当事者でないと分かりませんよね…。

心なしかコンパスマークが寂しそうに見えました。

観閲式の時は撮れなかったので、どうしても撮りたかったです!

42年間、観測・命を運んでくれてお疲れ様!

羽田航空基地のYS―11と言えば、南鳥島のローラン局に人や物資を運んだり、救難活動でも活躍しましたよね…。
特に太平洋上で急患が発生した時、名古屋海保の巡視船みずほ搭載機シーボーイが飛行距離ギリギリまで飛び、南鳥島でスタンバイしていたブルーイレブンに引き継ぎ羽田航空基地で救急車にバトンタッチした話を聞いた時、命のリレーの素晴らしさとこれを実現した方々に拍手を送りたくなりました。
YSの公開は明日に続きます。

個包装のチョコレートを探して、安売りのお菓子屋さんで見つけました!
お菓子やお土産を自分が食べたいと思うものを見た目で選ぶので、美味しいかどうかはあとです。

ですが、これがすぐなくなってしまうので、一週間分まとめ買いします。

さようならYS―11 の公開で茨城空港に初めて行った時もおかずやお菓子を味見をしないで袋の絵だけで見て買ったら意外と美味しかったです

昔から思考力と見抜くことが出来るので、思わぬ所で威力発揮です!

茨城空港になぜ行ったのかと言うと、さようならYS―11一般公開があったからです。



実はつくばの地図と測量の科学館に行った後に空港に向かったので混んでいました…。

入口でうみまるがみんなにあいさつしていたのですが近寄れず、国際線の春秋航空の離陸も撮れず、エプロンに入ってようやくYS―11の姿を撮りました…。

茨城空港が開港するというニュースを知った時、思い当たったことがありました…。
関東地方整備局の仕事の中に羽田空港などの空港整備の仕事があります。鹿島港湾空港整備事務所という出先機関があるのですが、この時はまだ茨城空港を知らなかったので、成田空港の整備のことだと思っていました。でも、百里の仕事だと聞いて意外だなと思いました。
そう、これが茨城空港を知ったきっかけです。

茨城空港は航空自衛隊百里基地に隣接しているので管制は航空自衛隊が担当しているそうです。

他に自衛隊が管制を担当しているのは丘珠、新千歳、三沢、名古屋(小牧)、小松、米子(美保)、徳島などです。
なので、気象予報官がいないそうです。
茨城空港のもう一つの特徴はタラップを使用しているそうです。
これは経費削減の一環だそうですよ!
その他にも格安航空に対するサービスも良いそうで、路線も増えているそうです。


愛称・ブルーイレブンの名前で親しまれています。
このLA701はYS―11の中で一番長く活躍(42年)し、一番最後に愛称が決まったそうです。
中でいろんなお話を伺い、素敵な思い出話は心の中に閉まっておこうと思います。

やはり、当事者でないと分かりませんよね…。

心なしかコンパスマークが寂しそうに見えました。

観閲式の時は撮れなかったので、どうしても撮りたかったです!

42年間、観測・命を運んでくれてお疲れ様!

羽田航空基地のYS―11と言えば、南鳥島のローラン局に人や物資を運んだり、救難活動でも活躍しましたよね…。
特に太平洋上で急患が発生した時、名古屋海保の巡視船みずほ搭載機シーボーイが飛行距離ギリギリまで飛び、南鳥島でスタンバイしていたブルーイレブンに引き継ぎ羽田航空基地で救急車にバトンタッチした話を聞いた時、命のリレーの素晴らしさとこれを実現した方々に拍手を送りたくなりました。
YSの公開は明日に続きます。