野島埼灯台入口には灯台補給船の「若草」のアンカーが展示しています!↓

灯台補給船の役割についてとは全然知らなかったので、教えていただきました!
灯台補給船の役割としては灯台への機材・食料補給業務や、人員の交代、標識機材の測定任務だそうです。灯台職員の家族の健康診断、映画会なども開かれていたそうです。
補給船は第十八日正丸が最初で、昭和23年5月1日海上保安庁に編入24年に解役。2代目が宗谷です。宗谷は一度解体寸前まで話が進んでいたそうですが、たまたま第十八日正丸の後継がいなかったため、解体を免れたそうです。三代目が若草です。宗谷転出の後、大阪商船から貨客船若草丸を購入したそうです。灯台補給船に改造したのが、日立造船神奈川工場で改造。冷凍設備などを改築。31年海保に編入。LL-01 若草と命名。総トン数約1100トン、ディーゼル1基、航続距離4800浬だったそうです。昭和52年に解役し、代船がつしまだそうです。 歴史は繋がって行くのですね!
「宗谷」に逢いたくなった!

灯台補給船の役割についてとは全然知らなかったので、教えていただきました!
灯台補給船の役割としては灯台への機材・食料補給業務や、人員の交代、標識機材の測定任務だそうです。灯台職員の家族の健康診断、映画会なども開かれていたそうです。
補給船は第十八日正丸が最初で、昭和23年5月1日海上保安庁に編入24年に解役。2代目が宗谷です。宗谷は一度解体寸前まで話が進んでいたそうですが、たまたま第十八日正丸の後継がいなかったため、解体を免れたそうです。三代目が若草です。宗谷転出の後、大阪商船から貨客船若草丸を購入したそうです。灯台補給船に改造したのが、日立造船神奈川工場で改造。冷凍設備などを改築。31年海保に編入。LL-01 若草と命名。総トン数約1100トン、ディーゼル1基、航続距離4800浬だったそうです。昭和52年に解役し、代船がつしまだそうです。 歴史は繋がって行くのですね!
「宗谷」に逢いたくなった!