南京事件 | 漢方堂だより

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ここ数年、世界各地に韓国の慰安婦像が建てられている。だが、行きすぎた日本バッシングには少しうんざりする。すでに賠償などで過去の問題は解決済みのはずなのに、韓国人はいつまで過去の出来事にこだわるのかと思ってしまう。

 

おそらく、韓国政府が自分の失態に批判の矛先が向かわないように、日本を仮想敵にして国民の不満や怒りを誘導してるに違いない。

 

ただ、その反面、日本人が外国に対して行った過去の間違いに対する罪悪感のなさにも驚く。わたしも含め、戦争を知らない世代で過去の戦争責任を感じている人はほとんどいないだろう。戦争の記憶も風化し、戦争体験者も少なくなった現在、過去の出来事と自分が関わりあるとは思えないのだ。

 

広島や長崎の被爆を知らない日本人はいないが、アメリカの若者は、アメリカが日本に原爆投下したことを知らない人が多い。やった方はすぐに忘れてしまうものだが、やられた方はいつまでも忘れないものだ。

 

 

もうずいぶん前、わたしは北京中医研究院という所に勉強に行っていたが、その当時はまだ反日教育が徹底していて日本人を嫌う中国人が多かった。テレビドラマでも日本人や日本の軍隊は極悪非道の悪者として扱われ、最後は正義の共産党軍にコテンパンにやられてしまうという話が多かった。

 

中国では、日中戦争での中国人死者の総数は1000万人と教えられていたようだ。いくらなんでも多すぎるが、その十分の一の100万人ぐらいは戦争で死んでいるかもしれない。わたしは、中国人や朝鮮族の人たちから日本の悪行の数々について聞かされたが、そう思われても仕方がない思うこともあった。

 

北京にある抗日記念館の入り口には、日中戦争の犠牲者1000万人とプレートに書かれていた。

 

 

                                                      

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中医研究院にも南京出身の人が何人も働いており、わたしが指導を受けた程教授や謝先生も南京出身者だった。中国人から日中戦争の話をよく聞かされたが、特に言われたのは南京事件で起こった日本兵の残虐行為についてだった。

 

日本では南京事件は実際はなかったし、中国側のねつ造という文化人もいる。だが、30万人もの人が殺されたというのは誇張だとしても、相当数の中国人が死んでいるのは間違いないようだ。程教授の両親は南京事件の時、日本軍に殺されている。

 

程教授は「今は日本人に対して恨みを持っていない」といわれたが、本心とは思えなかった。

 

北京に住む謝先生の叔母さんにも会って話を聞いたが、当時、叔母さんは3歳で赤痢にかかっていたため、あやうく日本兵に殺されそうになったそうだ。進軍してきた日本軍は感染予防のため、伝染病患者を焼き殺したのだという。

 

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星 日本の軍隊は、なぜ南京でそんなに残虐行為をしたのか不思議だったが、帰国して調べてみるとその間の事情が分かってきた。

 

南京事件は昭和12年に起こっているのだが、事件の少し前に南京に近い上海で、それまでの小競り合いと違い、中国正規軍の大部隊と日本軍の間で日中戦争最大の激戦(第二次上海事変)があったのだ。

 

本来、日本の軍隊は武力で勝っていたが、奇襲を受けた日本の上海租界の守備隊は、数も少なく劣勢に立たされ多くの犠牲者を出した。まもなく増援部隊の到着で形成逆転し日本の勝利に終わったが、激戦による日本側の犠牲も甚大で、死傷者は65000人、そのうち死者は12500人にのぼった。

 

 

 

 

 

 

中国側の敗残兵の多くは、上海から国民党政府の首都のある南京に逃げ込み、体制を立て直し日本軍を迎え撃った。だが、勝ち目がないと分かると、中国兵は軍服を脱いで一般市民に紛れ込んでゲリラ戦を行った。

 

南京での戦闘は、犠牲になった多くの戦友の弔い合戦だった。日本兵は仲間が殺された怒りと、いつ自分が死ぬかもしれないという恐怖に加え、ゲリラと一般市民の区別がつかず疑心暗鬼に陥っていた。そのため、理性のブレーキが効かなくなって、疑わしき者はすべて容赦なく殺してしまったようだ。

 

 また、日本軍は必要最低限の食料しかもたず現地調達していたのも多くの犠牲者を出した原因のひとつだ。膨大な数の捕虜を収容する場所も、与える食料も無かったので、処置に困って殺してしまったらしい。

 

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当時の日本兵を批判することはできない。むしろ気の毒に思っている。きっと、その場にいれば自分も同じことをしたと思うからだ。戦場という殺すか殺されるかの極限状態では、生き残るため本能むき出しとなり、何でもやってしまうのが人間である。

 

下手に正義感を出して中国人をかばえば、自分が味方の兵隊に殺されてしまいかねない異常事態だ。

 

誰も戦争など望んでいないのに、何故戦争は世界各地で起こるのだろうか。人間は本能的に、平和も好きだが、戦いも好きなのかもしれない。

 

末端の兵士は、何のために戦うのか理由も分からないまま、命令のまま戦争に駆り出されただけだ。たが、「自分は上官の命令に従っただけで、戦争を始めた国や軍の幹部が悪い」と主張しても、侵略され被害を受けた中国人が納得するはずはない。中国人にとっては、戦争に加担した日本人全体が、戦争の責任者なのだ。

 

 

 

 

 

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戦争を回避するには、核武装するのがいいのか、あるいはあくまでも平和外交に徹する方がいいのか、わたしにはわからない。ひょっとすると、戦争は巨大地震のように、何か見えないところで蓄積した、カルマのエネルギーによって起こるのかもしれない。

 

溜まったエネルギーの噴出は、行き詰った体制を壊し、新しい時代を創り出すための自然の法則のような気もする。

 

もしそうなら歴史の大きな流れは、個人の意志と無関係に進み、途中からは誰にも止められなくなる。戦争や巨大地震、経済破綻などはある日突然のように起こる。もし、戦争や巨大災害が避けられないものなら、それが起こるまで知らずいるのも最良の方法の一つだ。

 

考えて不安になるより、知らない方が幸せということもある。成るようにしか成らないと考え、毎日すべきことに専念し悪いことは考えない生き方が、賢い方法かもしれない。対策を講ずるより、起こらないと信じて毎日前向きに生きるべきなのかも。言われなくても、それを実践している人は多いと思うが・・