叔母が乳がんだと分かったのはことなの春先。


叔父の病気で自分は後回し。

胸にしこりがあると言ってて、何度も病院に行く様にと言ったのに後回しが1年以上。

だから、乳癌取り返しつかないところまできてた。


積極的な治療はせず緩和ケアでと進めてた中、紫音くんの体調不良から肺癌と判明して、私の情緒も不安定になっていった。


優先順位つけるもんじゃないけど、紫音くん優先を理解してもらった。

紫音くんの通院は2日に1回とかになると叔母の事何も出来ない。


私ではなく他の甥っ子姪っ子に少し手伝ってもらっては?と提案しても頑なに嫌がるから私は爆発して感情がごちゃごちゃで紫音くんにさえ要らぬ心配をさせた。


紫音くんも治療するには遅すぎた。


叔母は抗がん剤の副作用が嫌でしないと言ってたの理解はしてて緩和ケアを私もよしとした。


でも、少しでも可能性のある叔母はまだ悪くなるのは止められるんだよ。だ感情で電話で泣きついた。

これ以上もう私の周りから誰もいなくならないで。

抗がん剤に少しの立ち止まれる可能性があるならしてほしい。と伝えた。


紫音くんが旅立って私は廃人だったから、叔母も気を遣って連絡もあまりせず頑張って1人で病院に行き何個もの科に通っていた。


抗がん剤の副作用の吐き気などもなく、食欲も変わらずある。

それは救いだ。


食べるは生きる。

生きるは食べる。


いつ何があるかはわからない。


でも、まだ少し一緒にいれそう。


もう無理だと思った春の終わりに

この桜来年も見ながら通院しようっての叶えられるかもしれない。


私といたら何かしたいと食料買ってくれたりご飯に行ったら気を使わせるから控えたいとかも考えてしまう。


治療にお金もかかる。


かつかつなのに。


でも、母親にお世話になったからって色々してくれる。

生前叔父もそうだった。

会うたびにお小遣いくれてた。


それを私は使わず置いてた。

おかげで、紫音くんに何かあった時治療費に使えた。


ほんとに感謝してる。


叔母に出来ることは少ないのかな?


倒れたら入院する。

でも、それまでは叔父と過ごしたあの家で過ごしたいとの気持ちはよくわかる。


だから、私に出来る少ないことの食料の買い出しはまめにしたい。


今年は何だか大切なものが他の中から溢れる。

来年はいい年になるといいな。