なかなか現実が受け止められず、今もですが受け止めきれず3週間経ったのに報告出来なかったです。
8/25 11時ごろ愛おしい紫音くんが旅立ちました。
1つ前の命懸けの通院から3日後でした。
あの日病院に行かなければもう少し楽に数日かもしれないけど過ごせたかもしれない。
行く前と行った後の顔や目つきが全然違った。
病院行くまでは酸素室内とはいえ動いてたのに、帰って来てずっと横たわってた。
次の日は私は仕事だったから見守りカメラをまめに見ながら仕事をしてたけど、カメラ見るたびにぐったりしてる紫音くんをみて早く帰りたくて仕方なかった。
そんな時に限って仕事が長引き10分だけど気が気じゃなかった。
急いで着替えて帰りの電車でもカメラを見ながら帰ったんだけど、いつも私が帰る時間になったら寝てたところから立ち上がって玄関の方を見てたんです。
だって、酸素室入る前は私が帰ったらいつも玄関の台で寝てたんです。
もう、いろんな思いが込み上げて来て地元に着いて電車降りたら足がもつれて倒れそうになる位走って帰りました。
その時はもうぐったりと横になってたんだけど、マットやペットシートは何箇所も吐いた後や体液で凄く汚れてた。
私の留守中苦しかったのに、立ち上がって待ってたんだと思う。
汚れたものを片付けて新しいマットと凍らしたペットボトル入れてきれいにして、本当は抱きしめてあげたいけど酸素室から出せないから何回も撫でて頑張ったねって。
次の日は休みだから一緒にいれるからねって。
酸素室の前に枕を持って来て、その日はそこで寝ました。
何度も胃液を吐くのが辛そうで、少しでも楽になるかなってお湯で温めたタオルで何度も口元を拭いてあげたりして。
次の日は夕方に猫友か輸液を教えるからと来てくれて輸液をしたけど、抵抗もせずさせてくれるのを嬉しいじゃなく悲しくなりました。
きっと、命懸けの通院の前ならさせてはくれなかった位暴れたと思うから。
輸液の後は少し楽そうになったけど、呼吸は荒くて何度も酸素の管を近づけてできるだけ楽な様にとしたり話しかけたりしました。
職場に数日休みたいと連絡をしたら、事情は話してあったから許可してくれて、この日もできるだけ寝ないようにそばに居ました。
苦しかったはずなのに、眠気に負けて寝てしまった私が起きるまでずっと耐えてたみたいで、私が起きて顔見せてそれを確認した途端呼吸がまた荒くなって。
その度に酸素の管を移動させ声をかけ、撫で撫でして。
私を見つめる目が真っ直ぐで、本当は嫌だったけど
もういいよ、大丈夫だよ。パパやお兄ちゃん達のところ行っていいよ。もう苦しまなくていいよ。
と言い続けました。
本当に本当に嫌だったけど、私の為に苦しむのはもうダメだと思った。
優しすぎるこの子は私の心配ばかりするから、自分がどんなにしんどくても頑張ってしまうから。
紫音くんが苦しむ度に、お兄ちゃん達やパパさんにこれ以上苦しまなくていいようにってお願いしてました。
どれくらい経ったのかな?何度も吐いたりして、トイレシートを敷いたトイレから立ち上がりマットへ移動しようとしてクラってよろめいたのを私が支えたら、私の目をじっと見つめるから、あーもう行くんだなっておもった。ごめんねって言ってる気がしたから
ありがとうね、お兄ちゃん達によろしくねって笑顔で伝えた
そしたら力抜けて私の手に体重かかったからそっと寝かせてあげた。
肺癌は悶絶するって、安楽死考えてって言われてたけど、確かに2日間呼吸は荒くて辛そうだったけど、最期は穏やかだった。
それだけが私の救い。
もう酸素も必要ないから酸素室から出してあげて頑張ったねもうしんどく無いよと抱きしめて、汚れた体を暖かいタオルで拭いて綺麗にしてあげてる間たくさん話をしました。
大好きだよ、愛してるよ。
散髪したばっかだから毛短いね。
また、顔が三角になるくらい毛が伸びるの見たかったなって。
笑顔で送りたいのに結局泣き言しか言えなかった。
続きます。
8/25 11時ごろ愛おしい紫音くんが旅立ちました。
1つ前の命懸けの通院から3日後でした。
あの日病院に行かなければもう少し楽に数日かもしれないけど過ごせたかもしれない。
行く前と行った後の顔や目つきが全然違った。
病院行くまでは酸素室内とはいえ動いてたのに、帰って来てずっと横たわってた。
次の日は私は仕事だったから見守りカメラをまめに見ながら仕事をしてたけど、カメラ見るたびにぐったりしてる紫音くんをみて早く帰りたくて仕方なかった。
そんな時に限って仕事が長引き10分だけど気が気じゃなかった。
急いで着替えて帰りの電車でもカメラを見ながら帰ったんだけど、いつも私が帰る時間になったら寝てたところから立ち上がって玄関の方を見てたんです。
だって、酸素室入る前は私が帰ったらいつも玄関の台で寝てたんです。
もう、いろんな思いが込み上げて来て地元に着いて電車降りたら足がもつれて倒れそうになる位走って帰りました。
その時はもうぐったりと横になってたんだけど、マットやペットシートは何箇所も吐いた後や体液で凄く汚れてた。
私の留守中苦しかったのに、立ち上がって待ってたんだと思う。
汚れたものを片付けて新しいマットと凍らしたペットボトル入れてきれいにして、本当は抱きしめてあげたいけど酸素室から出せないから何回も撫でて頑張ったねって。
次の日は休みだから一緒にいれるからねって。
酸素室の前に枕を持って来て、その日はそこで寝ました。
何度も胃液を吐くのが辛そうで、少しでも楽になるかなってお湯で温めたタオルで何度も口元を拭いてあげたりして。
次の日は夕方に猫友か輸液を教えるからと来てくれて輸液をしたけど、抵抗もせずさせてくれるのを嬉しいじゃなく悲しくなりました。
きっと、命懸けの通院の前ならさせてはくれなかった位暴れたと思うから。
輸液の後は少し楽そうになったけど、呼吸は荒くて何度も酸素の管を近づけてできるだけ楽な様にとしたり話しかけたりしました。
職場に数日休みたいと連絡をしたら、事情は話してあったから許可してくれて、この日もできるだけ寝ないようにそばに居ました。
苦しかったはずなのに、眠気に負けて寝てしまった私が起きるまでずっと耐えてたみたいで、私が起きて顔見せてそれを確認した途端呼吸がまた荒くなって。
その度に酸素の管を移動させ声をかけ、撫で撫でして。
私を見つめる目が真っ直ぐで、本当は嫌だったけど
もういいよ、大丈夫だよ。パパやお兄ちゃん達のところ行っていいよ。もう苦しまなくていいよ。
と言い続けました。
本当に本当に嫌だったけど、私の為に苦しむのはもうダメだと思った。
優しすぎるこの子は私の心配ばかりするから、自分がどんなにしんどくても頑張ってしまうから。
紫音くんが苦しむ度に、お兄ちゃん達やパパさんにこれ以上苦しまなくていいようにってお願いしてました。
どれくらい経ったのかな?何度も吐いたりして、トイレシートを敷いたトイレから立ち上がりマットへ移動しようとしてクラってよろめいたのを私が支えたら、私の目をじっと見つめるから、あーもう行くんだなっておもった。ごめんねって言ってる気がしたから
ありがとうね、お兄ちゃん達によろしくねって笑顔で伝えた
そしたら力抜けて私の手に体重かかったからそっと寝かせてあげた。
肺癌は悶絶するって、安楽死考えてって言われてたけど、確かに2日間呼吸は荒くて辛そうだったけど、最期は穏やかだった。
それだけが私の救い。
もう酸素も必要ないから酸素室から出してあげて頑張ったねもうしんどく無いよと抱きしめて、汚れた体を暖かいタオルで拭いて綺麗にしてあげてる間たくさん話をしました。
大好きだよ、愛してるよ。
散髪したばっかだから毛短いね。
また、顔が三角になるくらい毛が伸びるの見たかったなって。
笑顔で送りたいのに結局泣き言しか言えなかった。
続きます。

