このブログを読む前に先にPART1を読んでほしい
https://ameblo.jp/kanonyss/entry-12444628756.html
「女は男より地図が読めない」という言葉?があるけどこれは本当か、
俺は9割正解だと思う。
じゃあどんな説なら100%支持できるかというと
「現在使われている地図を使っては女は男より読めない」
『ある実験で2種類の地図を使って、男女数人を実験者にして、どちらの地図が目的地により辿り着き易いかを競う実験である。距離や大きさ、配置を忠実に再現した一般的な地図では男性は確実に目標地点に到達するのに対して、女性は迷ってしまって到達できなかったケースが多く、到達しても時間が掛かり過ぎた。これを見て本当に女は地図が読めないのではと思った人は多かったはずである。しかし、もうひとつの地図、これは空間的には合ってないが目印となる店や建物を散りばめた目標地点までの経路を標した案内図であるが、これを使った場合には圧倒的に女性の到達率が高くなり、逆に男性は殆ど到達できなかった。』
なーんでこんなことが起きるのって?😯
これまた狩猟時代に戻って考えてみよう
地図がなかった時代。出かけた先から家に帰る時に使う能力の違い。
男は狩猟に行く
獲物を追いかけて走る。そして獲物を仕留めて「あっちのほうが俺の家だ」って言って帰る。つまり自分の知らない場所で自分が走った距離などから推測する能力、空間把握能力が家に帰るのに必要だったと想像できる。
じゃあ女の場合は?
女はきのみや薬草を取りに出かけてる。
狩猟のように獲物が走ったりはしない。植物はいつも同じとこに咲いているしね。
「あの大きな木の下を曲がった先の赤い茂みの近くには木の実がいっぱいあるのよ~」なんて言いながら採りに行く
帰りも同様に「あの大きな木まで行ってそこを曲がったらMy Home」みたいな。
要するに遺伝子レベルで男と女には違いがある。
「どちらが優位か」とか「平等にしろ!」と法律を定めるまでもなく、お互いの性は相手の性より劣るところをお互いに補っている。
違いがあることを悪いこととして均一化してはいけない。
それぞれの性を尊重して違いを理解して補い合って行くことこそがベストなんだと思う。
要約すると
男性は男性らしい仕事女性は女性らしく家事をすればいい。
それぞれの性とそれぞれの仕事に誇りを持って相手の性へのリスペクトも忘れないこと。
女性も無理して男性に追いつこうとしなくていい。追いつくも何も同じだけ優れているのだから、でもこう言うと
「結局女性差別じゃん!女性は仕事しちゃいけないのか!!!」
「男が家事をして女が働くことだって認めるべきだ!!」
なんて批判が予想されるのだけど、最初に言ったようにこの理論では個々の細かな事象は加味してない。
じゃあ無視するのかって?
違う違うそういった細かな事象は上に書いたような前提が確立された上で初めて議論できる。
それにそれは性別の尊厳じゃなくて一個人の自由の尊重に話になる。
一旦「仕事をしたい女の人」の話は置いといて職業について話がしたい。
想像してみてほしい自分の高校生の子供がこう言ったことを
「弁護士になりたい」
↓
きっと「おー是非なってくれ」って多くの人が言うはず。
「ブランコを売る仕事をしたい」
↓
きっと「なぜブランコ売りたいんだ?」とは思うけどこれまた多くの人が賛成するだろう。
「芸人かDJか画家になりたい」
↓
こうなってくると喜んで賛成する親は少なくなるんじゃないだろうか、きちんと稼げるのかていう不安はあるだろうしね。
「風俗嬢になりたい、AV男優になりたい」
↓
こうなったらほとんどの親が反対するんじゃないかと思う。十分な収入が得られるとしてもだ。
『職業に貴賎なし』という言葉があるけど
本当にそうだろうか、いいや現実には上のように貴賎が存在する。
存在するんじゃないな一人一人の考えによって作られてしまっている。
本質的には同じように自分の体や能力を使ってお金を稼ぐ行為なのに貴賎をつけてしまっている。これは大きな間違いだと言いたい。
誰もが「俺はDJになりたいんだ」
って強く言える世界を作るべき。
じゃあほったらかしにしていた「仕事をしたい女の人」の話に戻ろう
もちろん俺は女性が働くことに大賛成だ。
ただ一つ言いたいのは
「女性だって仕事(肉体労働)とか会社勤めしたい」
じゃなくて
「“私”だって仕事(肉体労働)とか会社勤めしたい」
って言うべきだってこと
本質的には「私はDJになりたい」っていう意見と変わらない。
大前提として男尊女卑の考えがあったからこそ「女性だって」という言い方になるんだろうけどね。
同じように「私は男に依存して生きたくない」
「結婚するまで自分でお金を稼がなきゃ」
これも全部個々の自由だ。


