一旦ビジネスホテルに避難した後、今後の身の振り方を考えました。

 

仕事は産休に入るまで続けるつもりだったので、実家に戻ると通勤が大変です。

ビジネスホテルに長期滞在だと、お金もかかるし現実的ではありません。

新しい住居を探すにも身重では動きにくいし、出産時は実家に戻る予定だったので、

残り3ヶ月程度のために、無理をして探して引っ越しするのは避けたかったのがありました。

 

そこでしばらくウィークリーマンションを拠点にして、行動をすることにしました。

 

仕事では産休に入る前の引継ぎを進めつつ、他に出産準備や裁判の打ち合わせを並行して行い、

新しく住居探しや、夫への調停手続きの確認、保育園などの見学も行い、

シングルマザーになることを仮定してどんな制度が受けられるのかなどを調べるなど、

日々やることに追われて忙しく、目まぐるしく過ごしていました。

 

 

密会目撃事件時のメールはもちろんヒナコさんに渡し、証拠として提出しました。

勧告しても会っているという、悪質性を証明するために。

 

 

ウィークリーマンションに移った後に、一度家には帰りました。

必要なものを取りに戻ったのと、荷物を再度まとめて送るためだったのですが、

その際夫は私が帰ってきたと勘違いして喜び、気を遣って色々と尽くしてきて、

私が家を出ようとすると「行かないで」と捨てられた子犬のように縋ってきました。

 

別居を始めてからは、夫からは毎日のメールと電話。

「後悔している」「戻ってほしい」「体調は大丈夫か」「話し合いたい」

今までにない位、連絡が密に入ってきました。

 

でもそれすらも煩わしいとすら思えるほど、私の気持ちは冷めきっていました。

 

 

そんな夫に私は1通の手紙を渡しました。

そこにはヒナコさんの連絡先と、誓約書を入れておきました。

いずれ起こす調停はヒナコさんに頼むので、そこに連絡をして欲しい旨と、

誓約書はパグと密会していたことを認める内容のもので、サインをするようにと伝えました。

 

夫はそれを見て傷ついた表情を見せていました。

正直、そんな夫を見て私も胸が痛まなかったかというと嘘になります。

それでももう私は、後戻りすることは出来ませんでした。

後戻りできるタイミングは、もうとうに過ぎていました。

夫とパグの密会を目撃し、最後の賭けに負けた私は、

もう夫を信じることを止め、夫のために行動することを止め、
円満な解決を望むのを諦めて、自分の道を進もうと決意しました。
 
 
もう一緒には暮らせない。
もう再構築はできない。
 
 
その後の行動は早かったです。
 
一足先に家に帰り、スーツケースに数日分の荷物を詰めて、
職場近くのビジネスホテルにチェックインし、
一度家に戻って夫を待ちました。
 
 
パグとデートしてきた夫は、いつもと変わりない様子で帰宅しました。
私はすぐに問い詰めることはせず、夫の隙を見て携帯のメールのやり取りを確認。
 
夫「今日は久しぶりに会えたね。俺にはパグが必要だから頑張る」
パグ「ちょっとだけでも会えたね。夫君が頑張ってくれてるの伝わってるよ。でもそれだけでは充分に思えないの」
夫「辛い思いさせてるのは申し訳ない。俺も悩んでるよ。パグは俺の唯一の癒しだ」
パグ「私も同じ気持ち。でも色々考えちゃうから不安なの。妊娠は知りたくなかった」
 
スクショして連絡を取っていた証拠として保存。
ただ思っていたより2人の間がお花畑のラブラブな感じではなく、
悩んでいる様子があったのは意外でした。
 
 
パグもさすがに状況がいつま経ってでも進展せず、奥さんには裁判を起こされ、
かつ離婚すると信じていた奥さんが妊娠中という現実に対して、
疲れてきているのかもしれません。
 
知ったことじゃないですが。
 
 
こうして証拠をゲットした所で、いよいよ夫に切り出すことにしました。
 
「私は1ヶ月前に、あなたにお願いをした。でも今日、2人が会った所をこの目で見た。もう言い訳も聞きたくない」
「家を出ます。あなたにも調停を起こし、離婚をしたいと思っています」
 
突然の宣告に夫は「ちょっと待って」「誤解だ」「話を聞いて。花音に出て行って欲しくない」などと言いながら、
明らかに動揺した様子で、手首を掴んで離さず、更にはベッドに押し倒してまで、
何とか家を出ようとする私を、必死に引き止めてきました。
普段はポーカーフェイスで感情を露わにしない夫にしては珍しいことです。
 
 
ただもう私には夫の言葉は何一つ届きません。
何も返答できず、ただ冷ややかな目で見ることしかできませんでした。
 
掴まれた手首はアザになり、押し倒された拍子に足を擦りむきましたが、
お腹だけは何とかダメージを受けないように守り、
見たことがない位追いすがってくる夫を、何とか払いのけ、逃げるように家を後にしました。
 
 
やっとのことでビジネスホテルに辿り着いた時は、疲労感と安堵感でいっぱいで、
その夜は久しぶりにぐっすりと深い眠りに落ちました。
 
こうして2度目の別居へと踏み切った私は、
お腹の子供と2人で生きていくことを決意し、新たな一歩を踏み出すことになるのです。

それは密会未遂事件から1ヶ月が経とうとした頃のこと。

 
赤ちゃんも成長してお腹が目立つようになり、
裁判も徐々に進み佳境に入ってきた頃のことでした。
 
 
ついに恐れていた大きな事件が起きたのです。
 
 
その日も夫は、週末を利用して実家に帰っていました。
夫の実家へは、新幹線を使わなくては帰れません。
 
その日私は体調が優れず、本調子ではなかったため、
出来れば帰らずに側にいて欲しいとお願いしましたが、
夫は予定通り金曜夜〜日曜まで、二泊三日で帰省してしまいました。
 
悪いという気持ちはあったのか、帰省の際には細かい連絡は逐一入り、
所在を明らかにしつつ、労りや心配のメールはしてくれていました。
 
 
事件が起きたのはその日曜のことでした。
 
 
日曜日、体調が回復した私は用事のため、とある駅まで出かけました。
その駅は夫の実家へ帰る際に使用する、新幹線が乗り入れている駅です。
 
用事を済ませた後、夫から「もうすぐ駅に着く」とのメールが入ったため、
私は一緒に帰ろうと、駅構内のカフェで夫には内緒で待ち伏せをすることにしました。
 
ところがそんな私に夫から更に「少し買い物をしてから帰るね」とのメールが。
駅で待っていることは伝えていなかったので、
「仕方ない、私も買い物をしてから別々に帰ろう」と思い直し、カフェを出ました。
 
しかしカフェを出た私は、思いがけない光景を、目の当たりにすることになったのです。
 
 
そこには、夫の姿がありました。


約100m先にある、夫の好きな某ブランドのお店の中に夫の姿を見たのです。
 
遠くから見てもすぐにわかる夫の姿。
声をかけようと近づいたその時でした。

私は驚き、思わず立ち止まってしまいました。
 
思わず目を背けたくなる光景を、目の当たりにすることになったからです。
 私の目の前には笑顔で並んでショッピングをする2人の姿。


そこには、夫だけではなく、隣には…パグの姿がありました。
 
 
以前見た腰に手を回した写真を思い出して、フラッシュバックに陥ってしまい、
血の気が引いて、息苦しさと動悸に襲われ、立っていられずに座り込んでしまいました。

何故2人がここにいるの?
何故2人が並んで歩いているの?

私はこんな夫でも、私は最後まで信じていたのに…
 
 
密会未遂事件の際に、あれほど会わないでと説得し頼み、
絶対に会わないと宣言したのはつい最近のこと。

1ヶ月するかしないかの内に、もうアッサリと裏切られてしまいました。
しかもその裏切りを自分の目でハッキリと目にしてしまったのです。

これは本当に辛かった…
私を信じてと頼んだのに、私を信じることはせず、パグを選んだのです。

 
最後の賭けは、見事に私の負けでした。
夫を信じ切った私が間違っていたのです。
 
夫婦間をかろうじて繋いでいた、最後の糸が切れた瞬間でした。
 
 
この密会目撃事件により、この後の夫との関係が大きく変化することになるのです。
そしてその変化は、パグとの裁判にも大きく影響することになったのでした。
義母の来襲があってからというもの、
夫は度々夫の実家に帰省するようになりました。

今回のことが発覚するまでは、夫はあまり実家には戻りたがらず、
一年に一度帰省するかどうかだったのが、
義母の来襲後は一、二週間に一度のペースで帰るように。


私は体調不良もあり、週末は家にいて家事を手伝って欲しかったのですが、
倒れていようが、お願いしようが、構わず出かけて行きました。

義母に散々私を悪く言っていたので、
恐らく義父や義姉にも色々と、有る事無い事言っているのでしょう。
私と離婚したいがために。自分を正当化したいがために。

この時夫は実家に呼び出されたといって出かけていってましたが、
本当のところは、呼び出しもあったようですが、
夫自らが望んで帰っていたとのことでした。


結婚生活を続けていくのも、不倫を続けていくのも難しい。
でも子供が出来て、予定外の出来事にどうしたらいいかわからなくなった。
現実を認めたくなく、誰かに背中を押して決めて欲しかった。
後から夫はこの時の状況をこのように話していました。

口では別居したい、調停で話し合おうとは言うものの、
私にそう言うだけで実際には調べたり動くことはせず、
(実際に動いた所で、有責配偶者である以上、
調停も不調になるし、裁判でも離婚は認められないですが…)
かと言って修復しようという努力はせず、
何も状況が変わることなく、ただ時間だけが過ぎて行きました。


こうしている内にも、お腹の子供は日々成長していきます。
生むことは決めていたものの、不安はありました。

そしてこんな中で、更に私を追い詰める、ある事件が起きたのです。
第一回口頭弁論から約1ヶ月半後、
第二回口頭弁論の日程がやってきました。

今回はパグ側の欠席は認められず、反論がなされるはずです。


ここで相手がどう出るのか。
不貞行為そのものを否定して真っ向対決するのか、
不貞行為自体は認めても一部内容を否認するのか、
全面的に認めるが、理由をつけて慰謝料減額を申し入れるのか。

不貞行為を言い逃れするには厳しい証拠は幾つか提出してあり、
かつパグには弁護士がついていることからも、
下手に反論はしないだろうとは予測していましたが、
今までの強気の態度を見ると油断は出来ません。


今回も法廷にはいかず、代理で出廷したヒナコさんから結果を聞くことに。

結果、不貞行為があったことは認めたとのことでした。

不貞行為を完全否定することは、さすがに出来なかったようです。
ただ私の出した訴状内容について、一部の内容を認めなかったことと、
不貞行為の主体は夫で、パグは消極的でむしろ被害者よりだと、慰謝料の減額を求めてきました。


パグの主張としては、

⚫️夫婦関係の破綻を信じていた、離婚すると騙されていた。
⚫️不貞行為は証拠のある2回のみで期間が短い。
⚫️私と夫は婚姻期間も短く、離婚していない。
⚫️メールは冗談で送ったものも多く、不貞行為の証明にならない

などから、提示した慰謝料は高すぎる、といったものでした。


不貞行為は認めても強気姿勢は変わらず、素直に慰謝料を払う気はない様子。
心証を良くしようと、細かい部分で反論して、減額を要求してきました。

不貞行為そのものを争わないということは、
パグも多少のお金は払うつもりで、早期決着を希望しているということ。

あとは出来るだけ額を下げにくるでしょう。
ただでさえ裁判までいったことで、弁護士費用が高くついたはずなので。
しかも確実に負けることが分かりきっている裁判なので。


この反論を受けて、今度はこちらから更に反論を行い、
近い内に金額交渉に入るだろうとのことでした。
パグの反論内容を文書で確認し、それに対する反論を、
証拠を使ってまた証明しなくてはなりません。


次回の口頭弁論はまた更に1ヶ月後。
ゆっくりではありますが、対決は少しずつ、確実に進んでいました。
重度悪阻による体調不良に苦しみながらも、
夫との離婚や中絶を巡る攻防や、密会未遂事件、
義母と実母とのやりとりやパグとの対決など、
同時進行で様々なことが起き、めまぐるしく日々が過ぎていきました。


お腹の子供は着々と育っていってましたが、
毎日きちんと育っているのか、心配は絶えませんでした。

私はこれまでに流産を経験しているからです。


ブログでも今まで2度の流産について書いてきましたが、
実は私は今まで3回流産したことがあります。

1度はパグとのことを知った直後に出血と共に流産した完全流産。
その前に2度、心拍がなくなり成長が止まってしまった繋留流産。

どの時も涙が枯れるんじゃないかという位泣き、
落ち込みから立ち直るのに時間がかかりました。

今でも忘れられない、辛い思い出です。


そんな経験から、子供が育ってくれるのかを人一倍心配しており、
1日1日が長く感じ、健診が待ち遠しいような、怖いような、
そんな複雑な心境でした。

こんなストレスフルな生活で、影響がないか心配していましたが、
やっと安定期に入り、無事に育っているのが確認出来ました。
安定期に入り、本当に嬉しかったことを、昨日のことのように覚えています。


子供が出来てから、周りには変わったねと言われるようになりました。
守るべきものがあると思うと、感情に流されずに、
自分がどうしたいのか、これからどうするのがいいかを、
客観的に考えて判断するようになった気がします。

そして不倫ばかりに目が向き、夫の言動に一喜一憂することが減り、
前よりどっしりと構えて、穏やかになったように思います。

それは夫にも言われました。
「花音は子供が出来てから、精神的に落ち着いたね」と。


安定期に入ってからは、夫も流石に中絶を口にすることがなくなりました。
説得は無理だと、諦めが出てきたようでした。

ただ、だからと言って歓迎する様子は皆無でした。
エコー写真は辛いから見たくないと言って捨て、
妊娠や出産を匂わす会話をするとその場からいなくなり、
予定日や性別なども知りたくないと聞かれませんでした。

実の父親にここまで存在を無視され、歓迎されないことは、
少なからずショックでもあり、今後に不安を抱かずにはいられませんでした。


それでも子供は私のところにきてくれた。
何としても子供のために、よりよい環境で迎えてあげたい。
子供はどんな時も私の助けになってくれるはず。

お腹の子供は、日々辛い思いをしながら生きている中で、
唯一の希望であり、喜びでもありました。
密会未遂事件が発覚し、夫と話し合うことになった私。

パグからのメールが表示された携帯画面を見せながら、
別れると言っていたパグと会うというのは、
一体どういうことかと夫を問いただしました。


夫はパグに対して「もう会えなくなりました」と返信した後に、
以下のようなことを言って謝ってきました。

「俺にも責任があるから、裁判のことを相談されて会うことにした」
「やましいことはないが、バレたら花音が嫌な思いをすると思った」
「別れているし、今後付き合うつもりもない」


さすがにこの言い訳を信じるほど、私はバカではありません。
相談で会うのに、何着ようかな〜なんてメールをする訳がない。
どう考えてもデートでしかないだろう…

100歩譲って夫が心から相談のみの用件だと思っていたとしても、
明らかにパグはそうは思っておらず、期待しているし、別れたつもりもないだろう…


私はパグに対して、裁判を行うことにしましたが、
そこには誰にも言っていない、ある思いがありました。

私は初めから目的はお金ではなく、誠意を見せてくれ、謝罪が欲しかった。
なので、結果的に裁判を起こし、最終的に慰謝料をもらう形になっても、
パグに不利益なことは極力しないつもりでした。


名誉毀損に当たらないように気を付けながら、会社に告発することも可能です。
会社は割と不倫には厳しいし、会社内に知り合いも沢山いるので、
バレたらお互いに転勤、降格、もしくは退職は免れないでしょう。
社会的なダメージはかなひ大きいと思われます。

理由をつけて親や友人などに知らせ、騒動に巻き込むことも可能です。
パグの身辺はある程度調べてあったので、やろうと思えば簡単にできました。
周りからの目は厳しく、精神的にも穏やかではいられないでしょう。

もっと言えば、例えば何年後かにパグの結婚が決まった際や子供が生まれた際に、
そのタイミングで不倫の過去を知らしめることだって可能です。
1番知られたくない状況まで、このネタを温めておくことも考えました。

裁判以上にダメージを与える方法なんて、やろうと思えばいくらでもあるのです。


でもそういったことは、私は一切するつもりはありませんでした。
夫が一番悪いし、関わらないでくれたらどうでもいい存在だったからです。

なので、法にのっとり裁判にしたのは、私の中では譲歩したやり方でした。
パグはお金だけ払えば、表面上の生活は何事もなく、同じように送れるのですから。
私や夫の生活は既にパグによって壊されていたとしても。


そして慰謝料をきちんと払ってもらったら、
その時点でパグなりの誠意を見せてもらったと見なして、
慰謝料を全額まるっとそのままパグに返却するつもりでいました。

そう、私は当初は裁判を起こしても、慰謝料を受け取る気はなかったのです。
不倫相手から受け取ったお金なんて、使いたくないですから。
お金ではなく、誠意と謝罪しか望んでいないのですから。

たださすがに頑張ってくれているヒナコさんにはこのことは言えませんでしたが、
私なりに考えた結果、そうしようと思っていたんです。


なので、ここで私は賭けに出ました。


夫に対してこう言ったのです。

⚫️詳しいことは言えないし、裁判で疑う気持ちもあると思うが、円満にいくように努力している。
⚫️責任を感じる気持ちも分かるが、夫が入ると逆に拗れて上手くいかない。
⚫️これからは裁判のことであっても、パグとは会わないで欲しい。
⚫️私を最後にもう一度だけ信じて。そしたらパグに悪いようにはしないと約束する。

夫は不思議そうな顔をしていましたが、
詳細を聞くことはせず、了承してくれました。
改めて「もうどんな理由があっても決して会わない」と宣言しました。


どうか私のことを信じて任せて欲しい。
ここで欲に負けずに会わないで欲しい。

これは私の夫への最後のお願いでもあり、最後の賭けでもありました。

妊娠2ヶ月から続いた重度悪阻ですが、

妊娠4ヶ月後半に入った頃より、少しずつ落ち着いてきました。
 
三ツ矢サイダーとマックのポテトばかり食べて凌ぐという、
駄目駄目なジャンキー妊婦っぷりを発揮してはいたものの、
点滴や入院は必要ない位まで回復しました。
 
夫との間は相変わらずギクシャクしてはいましたが、
仕事にもようやく復帰でき、忙しくなることで考え込む時間が減り、
少しずつ塞いでいた気持ちも楽になってきました。
 
 
この後に起きる、ある事件に遭遇するまでは。
 
 
その事件が起きたのは、大型連休でした。
体調も良くなってきて出歩けるようになった私は、
数年ぶりに友人と遊ぶ約束をしていました。
 
なかなか会う機会がなかったので、ウキウキしながら支度をしていたら、
その横で夫も買い物に出掛けようかなと言い出し、準備を始めました。
 
夫はよく1人で買い物にいくことがあり、それ自体は珍しくないため、
特に何の疑いも持たずに準備をしていました。
 
 
夫がシャワーを浴び、私がメイクをしている最中のこと。
夫の携帯が何度かメール着信を知らせる音が鳴りました。
 
ふと、嫌な予感がしました。
 
何でそう感じたのかは分かりません。
でもこの予感は前にも当たっていました。
 
悪いと思いつつも、恐る恐る画面を覗き見てみると、
そこにはメールのポップアップ表示が。
 
 
パグ「今日何着て行こうかな。何時にする?」
 
 
予感的中。
 
 
はじめに思った感想は、やっぱり、でした。
私の外出に合わせて隠れて会うつもりだったようです。
 
裁判中に会ったりすれば、更に立場が悪くなるのに…
こんなに拗れても隠れて会いたいものなのか。
何故別れる、別れる言いながらそれが出来ないのか。
夫もパグも何を考えているのか、私には理解不能でした。
 
 
こんな状態ではとても友達と楽しく遊ぶ気はしません。
約束はキャンセルし、夫にももちろんその場でデートを断ってもらい、
そのまま夫と話し合いをすることになりました。
 
これまで数え切れないほど、何度も嘘をつき、
裏切りを続けてきた夫。
何度も別れると宣言しながらも、水面下で付き合いを続ける夫。
 
何度同じ過ちを繰り返すつもりなのだろう。
 
 
ただこの時の私は、まだ気付いてはいなかったのです。
この密会未遂事件は、まだこれから起きる大事件の幕開けでしかないことを。

パグに対して訴訟を起こすことを決断し、訴状を提出してから約1ヶ月後。

 
第一回口頭弁論の日が訪れました。
 
 
裁判の流れとしては、原告(私)が訴状を提出して、訴訟を起こした側なので、
初回はその訴状内容に関して、被告(パグ)から反論があるはずです。
そして次回はその被告の反論に対して、また原告が反論をする…を繰り返し、
お互いに議論しつくした所で、和解か判決かへと進むことになります。
 
1回口頭弁論が行われると、次回日時がその場で決まり、
大体1~2か月おきに出廷する運びとなります。
 
 
私はヒナコさんに一任したので、出廷はせず、ヒナコさんが代わりに出向き、
審判終了後にその結果を聞く形をとりました。
そしてパグも引き続き、同じ弁護士に代理人の依頼をしたとの連絡がありました。
 
結果、パグは第一回口頭弁論は欠席だったそうで…
相手がいないということで、あっさり5分で終了したそうです。
 
大体予想はしていましたけどね…
 
 
というのも、第一回審判は裁判所より勝手に日時を決定されて通達されるので、
被告には答弁書を提出すれば、欠席が認められるのです。
 
しかもこの答弁書も、訴状に対する反論の文書ではなく、
いわゆる形式答弁書という、「争う姿勢がありますよ」的な文言のみのもの。
 
結局訴状提出時と何の進展もなく、次回は1か月半後に設定されました。
 
 
次回は恐らく私の出した訴状に対する反論が聞かれるはず。
パグ側がどういうスタンスでくるのか、ゆっくり待つことになりました。

夫の不貞行為が判明してから、

私は定期的にサレラリ状態になっていました。

 
 
義母にも言われた、私にも至らないことがあったという反省があり、
今までを振り返って、夫に愛情があり一緒にいたいという気持ちがありました。
 
私が変われば夫も変わるんではないかと真剣に考え、
フラッシュバックで苦しくても夫を責めることはせず、不倫のことは一切匂わせず、
家事も今まで以上にきちんと行うようにし、夫のために好物を用意したり、
家での居心地を良くしようと、笑顔で過ごすことを心がけて、
夫の言動が怪しくても追及や束縛もせず、顔色を窺いつつ発言するようになりました。
 
もちろんそんな状態はずっと続かず、途中で何度も感情が爆発し、
サレラリ状態→サレラリ解除→サレラリ状態のループを繰り返していました。
 
 
今考えると洗脳されているような、凄く滑稽に思えるこんな言動ですが、
当時はそういう日々を過ごしていけば、また上手くいくと本気で考えていて、
良い妻、愛され妻でいようキャンペーンを実施していました。
一時的な不倫はすぐ終わり、以前のような夫が戻ってきてくれると信じて。
 
確かに再構築中、仲が良い時期はあり、効果が見られた時もありました。
しかしこれは根本的な解決にはならず、私が自分自身を苦しめるだけの方法でした。
 

どちらか一方のみが我慢を重ね、一方のみが努力する関係は続きません。
 

しかしそのことに薄々気付いてはいても、どうしたらいいのか分からず模索し、
サレラリ状態は定期的に訪れ、尽くしてみたり、尽くすのを辞めてみたりを
数か月おきに繰り返し、不安定な状態が続いていました。
 
 
夫に中絶を言われ、離婚を匂わせられた時、
私はまさにこのサレラリ状態に陥ってしまいました。
 
子供のためにも、すぐに離婚したくないという負い目のようなものがあり、
「捨てられたくない」と被害的に考えてしまったことが一因だと思います。
 
両親が揃っていて、子供がいて、仲がいい家庭を築く。
そんな理想を捨て切れなった私は、私が我慢すればいいという思考になっていました。
不倫や中絶に関しての怒りや悲しみを押し殺し、自分の気持ちに蓋をして、
夫の機嫌を損ねないように、夫の望むような妻になろうと努力していました。
 
 
夫はつわりで苦しむ私に、表面的には優しく接してくれました。
体調が悪い私を気遣ってくれて、家事を代わりにやってくれたり、
マッサージをするなど労わってくれたり、好物を買ってきてくれたり。
 
時折中絶を匂わすことを言われましたが、私は体調不良を理由に話し合いを拒否し、
中絶が出来ない時期まで引き延ばそうとしていました。
 
夫も私も、どこか精神的に不安定な状態で、お互い探り合うような態度で、
いびつな関係を続けていました。


このサレラリ状態は、この後訪れることになる、
とある事件まで続くことになるのです。