在宅医療・介護の県民調査を行ったところ、自身が希望する長期療養の場所は、1.自宅(49.2%)、2.医療機関(25%)、3.介護施設(9.3%)だったが、家族が療養する場所としては、1.医療機関(33.4%)、2.自宅(21.9%)、3.介護施設(21.8%)の順であり、本人と家族の意識の差が浮かび上がっている。
また、終末期を迎えた時に在宅療養が可能かどうか尋ねた質問には、46.9%が困難、48.2%が分からない、可能は3.5%だけで、多くの県民が在宅でのみとりに難しさを感じている。ということがわかる。
これは、自宅療養の意識の差という見出しの新聞記事の内容である。
現在、日本は高齢社会で、これからも高齢化はどんどん進んでいき、医療費が増えていく現状から、医療費を減らそうと、在宅でみていくことをすすめていくという方針がある。だが、この結果を見る限り難しい・・・。在宅でみるというのは、イコール家族や周囲の人の協力が必要ということで、自分の希望だけではどうしようもないところがある。介助がなければ生活できない人が家に帰りたいといっても、家族が面倒をみれないといえば、家には帰れないのだ。それを無理に家に帰せば、虐待や自殺など時折目にする事件のようなことが起こると思う。負担が大きくならないように、介護保険などを活用して援助を入れることは可能だ。だが、全てを見てくれるわけではない。どんな状況でも、家族の協力は必要だ。この意識の差を解決しなければ、在宅医療・介護を進めていくのは難しいだろう。この意識の差を変えていくには、病気だから入院するという認識を変えなくてはならない。生命の危険があるから、入院するのだという認識に。これは、ものすごく難しいことで、この認識が浸透するのと高齢社会が落ち着くのどちらが早いかといえば、高齢社会が落ち着く方が早いだろうと思う。在宅医療が医療費削減に繋がるっていうのにも、自分が無知なせいかどうつながるのかわからないし・・・。
そして、終末期を迎えた在宅療養が可能かどうかの結果で困難が一番多いということが、在宅での見とりが難しいということが伺える。ここにも家族や周囲の協力が必要で、もし、協力が得れなくてもそのような患者をみれる訪問看護や往診できる医師が必要である。今の日本では、そのような医師も訪問看護も少ない。患者が望んでも、希望がかなえられる環境が整わなければ難しい。
だからといって、家族や周囲の協力が得れないことが悪いといっているわけではない。家族や周囲の協力が得れないことは、患者本人の今までの生き方に反映されることもあるからだ。そして、やはり家族や周囲の負担になるため、介護することが当然とは思わない。だからこそ、介助がいる患者を安易に在宅にすることに疑問を持つのである。
これからの在宅に興味を持っていきたいと思う。
