ブログ・463「初めての外国旅行 8」2018・11・26
昼休みは2時間ぐらいあって、若い人たちは街に繰り出したのだろうと思うが、年配者は前の海で泳ぐ人が多かった。私も水着は持って来ていたから、一緒に海に入ったけれど、スイスイと沖まで泳いで興じている人たちにはついていけず、一回でやめた。「あなたはどうして泳げないの?」と聞かれたが、幼児並みに波打ち際でジャブジャブ遊ぶ、運動神経ゼロの私に、答えようがない。一回で懲りて、私は昼休みを一人で街を歩くことにした。この時カディスを歩き回って色々カディスを知ったと思う。初めて新聞を買ってみたら、この「夏期学校」の毎日のことが詳細に書かれていてびっくりした。
午後の予定は5時に始まる。日によって色々な催しがあった。ピアニストによるコンサート、専門家による「詩の朗読」(それが一つの専門的職業になっている)、街に出てワインを飲みながらフラメンコの歌の名人の歌を聞いた。フラメンコは、歌とギターとダンスで成り立っている、ジプシー由来のアンダルシアの文化である。歌は地面の底から出てくるような、唸るような響きで、もし日本で似ていそうなものと言ったら「浪曲」だろうか。
小旅行に連れ行ってもらった日もあった。シェリー酒の醸造場、競馬馬を育てるところなど。また、この時間に、フラメンコのダンスを実際に習ったこともあった。一番下手なのは私とフランス人の年配の人で、顔を見合わせて、お互い笑ってしまった。
アンダルシアは夕方が長い。9時近くなってやっと薄暗くなる。夕食は大抵その時刻だから、お腹が空いた。食事は昼とほとんど同じ、そのあとは三三五五おたがいの部屋に集まって、ラジオを聴いたり、喋ったりした。何語でもわかるものなのだ。この時、フランコの自分の後継者を発表する式典のニュースを聞いた。1936年の選挙で亡命した国王の王子のひとりを、フランコは、自分の後継者として育てていたのだ。いまの独裁政治を続けるよう、国王による専制政治を永続させよという、フランコの目論見は、結局ご破算のなり、フランコ死後国王になって、彼は議会制民主主義を取り、スペインは立憲君主国になるのだが、これは後の事だ。
カディスでのスペイン語学校は、大変面白く、いい経験だったが、実はバスクにも行きたかったので、5日早くカディスを出発した。皆さんとお別れをし、事務から「卒業証書」は後で送ると言われた。