「春蘭の代わりに、アレクの教育係だった、ミセス=マーガレットがこっちへ来る事になったから、空港まで迎えに行ってくる。それから、春蘭を、ロンドン行きの飛行機に乗せるよ」

朝の朝食の席で、アーサーが言った。

昨夜は珍しく、『お遊び』は控えていたらしい。

「そう・・・」

私は、短くそう答え、ワゴンサービスで運ばれてきた朝食のセッティングが終わった、ダイニングテーブルに腰掛けた。

優雅な仕種で、私の椅子を引いてくれた男性従業員は、他に何か用は無いかと尋ね、丁寧な仕種で部屋を出て行った。

少し離れたところに、給仕の為のメイドが残っている。

「珍しいわね。昨夜は、遊びに出掛けなかったの?」
「ん?どうして?」

向かいの席に座ったアーサーは、ゆっくりと紅茶の香気を堪能しながら、尋ねた。

「朝はいつも疲れた顔をしているし、朝食を一緒に食べたのは、いつ以来かしら?」

私は、絶妙な味付けのスクランブルエッグの、バターの濃厚な香りに舌鼓を打つ。

何度食べても、美味しい。
この芳醇ともいえるバターの香りは、日本でも味わったことが無い。
そう言えば、亜莉亜は卵が苦手だと言っていた。
偏食が酷くて、特に野菜と卵と魚を苦手だと言っていた。
偏食だったのは、こんなに美味しい卵料理は、日本では味わえなかったからかもしれない・・・

リラックスすると、つい、何を見ても亜莉亜を思い出し、胸の奥がざわめく。

「昨夜は・・・アレクと電話会談だったから、酒は飲んでないけど、何だか疲れた。春蘭の事も聞いたよ」

「・・・・・・・・・」

亜莉亜へと思いをはせていた私の頭の中で、何かが閃いた。
「ミセス=マーガレットは、メイドではなく、アレクの教育係だった方なのでしょう?春蘭とは格が違うわ。」
「ああ・・・・・」
アーサーは、カップを置いた。

「メイドも来る。正しくは、ミセス=マーガレットと、新しいメイド」

「二人?リントン家は、人材が有り余ってるのかしら?」

「さあね。僕にも、そのあたりはよくわからない。あの広い屋敷に、離れに・・・父が応援してる芸術家の卵を養ってる場所もあるし・・・使用人の数も、部屋の数も不明。だけど、ミセス=マーガレットはよく知ってる。」

アーサーは、もくもくと食事を進めながら言った。
「子供の頃から、僕は叱られるばっかりだったからね。『アレク様を見習いなさい』ってね。アレクは、子供の頃から、そつのない子供だったよ。僕は、そのあたりが・・・なんていうか・・・」

思わず、微笑がこぼれる。

「要するに、やんちゃだったのね。で、ミセス=マーガレットに、未だに馴染めない。だから、ミセス=マーガレットが来る事について、気が進まない。そうでしょ?」

「あ~どうして、恵理には、何もかもわかっちゃうんだろう。その洞察力には、恐れ入るよ。」

「アレクがよこすという事は・・・・貴方が心配だからかしら?それとも私?」

「どっちもだろう。」
アーサーは首をすくめて言った。

「春蘭が、馬鹿な事をしてくれたおかげで、とんだ災難だ」

「ふふ・・・貴方でも、苦手な人がいたのね。」

「僕?僕は、もともと、人間付き合いがあまり上手な方じゃない。アレクの方が、そつないよ。あ、女性は別だけどね。」

「そうみたいね。」

「昨夜は、アレクと電話会談だ。酔えないし、ふざけられない。出来の悪い弟だから、出来の良い兄は、子供の頃から苦手でね。」

「そう言いながらも、子供の頃の貴方は、いつもアレクの後ろをついていっていた記憶があるわ。」

私は、何度か、両親とリントン家の別荘で過ごした事を思い出しながら言った。
「そんな時期もあったのか・・・・・・・・・覚えが無いや」
アーサーは、そう言いながら、ナフキンを置いた。

「明日から、新しいカリキュラムになるらしいよ。いよいよ淑女教育から、仕事シフト。今日は、スケジュールは白紙だ。僕が、帰るまで、ゆっくり部屋でくつろいでいて良いよ。」