私は、すぐに退院出来て、「休暇」は終わった。

亜莉亜も、アレクのプロジェクト参加を決意してくれたし、私は、私の出来る限りの事で、亜莉亜を支えていける存在になれるよう、全力で取り組む事を、心に誓った。。
「亜莉亜は、イギリスに残って、ヴァイオリンの練習と、他の楽器演奏者と、指揮者との連動。恵理は、このプロジェクトで働いてもらうよう、新人教育の為に、取りあえずフランスへ」
アレクは、微笑を浮かべて、私たち二人にそう言った。
これからは、私はアレクの企業の中の一員に。
そして、亜莉亜は、ひたすら練習をする事になった。
「何としても、このプロジェクトは成功させるつもりだ。恵理も亜莉亜も、そのつもりで」」

かの有名なホテルのスイートが、私のしばしの滞在場所。
大学時代に、ヨーロッパ旅行をしたときに、泊った事など思い出したり、亜莉亜との空港での別れの感傷に浸る間もなく、アレクが私の為に組んでくれたスケジュールがすぐにスタートした。
空港で、待っていたのはアーサーだった。
「これから、僕が恵理の秘書さ」
と、言っていたけれど、最初は冗談だと思っていた。

英語とフランス語のレッスン、ヨーロッパの歴史、マナー講座、芸術一般・・・・まるで、「貴婦人養成講座」かと思うようなメニュー。
解ってる。
アレクと仕事をするなら、これらの事は、「基礎教養」として最低限身につけておかなくてはならない事だという事は・・・

アーサーは、ホテルの部屋まで来てくれる個人教授の対応や、私の学習速度について、アレクに逐次報告を入れているようだった。
ダンスのレッスンや、フランスを起点としたヨーロッパの名所や歴史建築物の案内もしてくれ、夜は、観劇や音楽界、そしてパーティへ出席するためのパートナーとしての役割を、きちんと果たしてくれていた。

初めての事ばかりで戸惑う私を、さりげなくフォローしてくれる。
それなりの場では、本当に「そつなく」、エレガントな振る舞いが出来る彼に、やはり「育ちの良さ」の違いを改めて認識させられた。
レディ・リントンが頭を痛めている「御乱交」があったとしても、彼が身につけきた、「品格」は少しも損なわれていない。
自分が、どうふるまえば良いのか、どうふるまうべきかを、全身で覚えているのだ。
これには、付け焼刃では、太刀打ちできない。
出来うる限りの努力を持って、身につけるしかない。

とは言っても、アーサーが居なければ、こなせない事ばかりで、それが悔しくて、早く何もかもマスターしてしまわなくては・・・・・・・・と幾度も心に誓う。
アレクの組んだカリキュラムは、かなりのスパルタ教育で、私は、息つく暇も無く、忙しい日々を過ごしていた。

身の回りの世話は、春蘭がしてくれている。
アーサーと、夜会から戻ると、春蘭が、いつも車寄せのポーチで待っていた。
その姿を見ると、やっと一日のスケジュールが終わったのだと、ほっとする。
アーサーは、ホテルの部屋まで送ってくれ、ドアの所で「お休み」を言い、何処へとともなく消えていた。
一応、隣の部屋がアーサーの部屋のはずだけれど、そこへ入るアーサーを見たことが無い。
きっと、昼間は私と付き合うのが「仕事」で、夜は「彼女たち」の所で、休んでいるのだろう。
私も大変だけれど、アーサーとて、楽な役回りでは無い。
時折、アーサーと、肌を合わせた事を、ふと思い出して、なんだかもやもやとした気持ちになったりもしたけれど、アーサーは、私に対して紳士的な距離を置いてくれているし、私も、その「もやもや」は、亜莉亜が傍に居ない淋しさが、原因だと思うようにしていた。

亜莉亜は、空港ではあんなに泣いていたのに、メール1通すら送ってこない。
勿論、私も忙しいので、長いメールは書けないのだけど・・・・・・・
忙しいスケジュールの中で、暇をみつけて電話をしてみるけれど、いつも「留守番電話」
気付いた時に携帯を見ると、着信があったりするけれど、お互いのタイミングが合わない。
時差もあるし、どうやら、亜莉亜は「夜型」の生活から「朝型」に切り替えているらしく、私が夜会や観劇から戻った時間帯には、もう寝ているようだった。

私も、夜会や観劇から戻った時にはくたくたで、亜莉亜と話せたとしても、話しながら寝てしまいそうなくらい疲れていた。
日曜日は、レッスンは無いけれど、「自習」になる。
ついていけてない授業の復習。
特に、語学の勉強は、日曜日の頑張りがないとカリキュラムはこなせない。
日曜日は、アーサーもお休みなので、私は、一日ホテルに閉じこもり、語学の学習テープを繰り返し聞きながら、ヒアリングと朗読と、そして単語の暗記。
歴史や美術の復習。
出かけるのは、クチュリエの所。
ドレスの仮縫いや、デザインの相談。
これも、全てが「勉強」だ。
夜会用のドレスのルール、観劇用のドレスの選び方、社交界の流行や「お手本」とされているマダムの着こなしや、ファッションの知識。
週に一度は、エステとネイルサロン。
ホテルの美容室は、夜のお出かけの度に、お世話になる。

学ぶことは多すぎたが、自分でも「好きなカリキュラム」は、「夜会」や「パーティ」だという事を思い知った。
美しく装い、ドレスに着替え、かしづかれて歩くときに、体の芯が火照るような心地よさを覚えてしまう。
デスクでの勉強が大変な分、アーサーとの格式あるレストランでのディナーや、元貴族の称号を持つセレブの豪邸に招かれてのパーティは、緊張は最初の頃だけですぐに私は馴染んでしまった。

デスクワークに支障が無いようにと、出来るだけ夜更かしと深酒はしないように心がけていたのだけれど、日々の疲れがピークに達した頃・・・・
車の外は、激しい雷雨だった。
ホテルの車寄せから、入口までは、屋根があるけれど、それでも雨の飛沫が飛んでくるほどの激しい雨だった。
時折きらめく雷光。
轟く、雷音。
春蘭に迎えられ、アーサーが、いつものように部屋まで送ってくれ、部屋に入るなり、私は長椅子に体を横たえた。
「恵理様。少し雨にぬれてしまわれましたね、、、お着替えを・・」
春蘭が、タオルで優しく顔を拭いてくれた。
「バスの用意は、出来ています。」