温室を出て、屋敷に戻ると、春蘭が迎え出た。
春蘭の先導で、部屋に戻ると、数人のメイドも現れて
「お召し替えのお手伝いを・・・夕食は、7時からです」
と、言った。

私は、この「お召し替え」が苦手だ。
そのくらいの事は、幼稚園児でも出来る事。
でも、この世界では、それは「はしたない」事なのだろう・・・
私とは逆に、亜莉亜はそれが「当然」のごとく、受け入れていて、それがまだ私が知らない亜莉亜の「一部分」でもあった。
亜莉亜が、ヨーロッパを起点として、音楽留学やコンサート活動をしていたのは知っていたけれど、そこでの生活については、多くを語らないし、私も積極的には尋ねない。
いや、ヨーロッパの時代だけでなく、亜莉亜と出会う前までの話も、二人の間ではほとんどしない。
亜莉亜が、私の子供の頃の思い出を尋ねる事はあっても・・・・・・・・

バスタブで、体を洗ってもらう事は辞退し、メイド達は部屋を下がっていった。
二人きりで、バスバブルで、もこもこになったお湯の中で軽くじゃれあい、そしてお互いの体をブラシで洗いあう。
薔薇の良い香りのするバスバブルは、亜莉亜を喜ばせ、泡と戯れながら、ときどき私の体に悪戯をする。
抱き合い、キスを交わし、触れ合う・・・・・・・

つい、長いお風呂になってしまった事に気づいて、二人であわててバスルームを出ると、メイドが並んで待っていた。
「お召し替え」
だ。

入浴前に、頼んでおいたドレスと一緒に、見慣れないドレスが並んでいた。
「アレク様から、こちらをお召し頂きたいと、先ほどお預かりしてまいりましたが、いかがいたしましょう?」
春蘭が、淡々とした口調で尋ねた。
ロイヤルブルーに、少し濃いめのベルベットをあしらった、シンプルでデコルテの大きく開いたドレスは、多分、私の為。
ブランドタグなどはないけれど、ディオールのテイストに似ている。
ふんわりと優しげな、イエローのシフォンを重ねたドレスは、多分、亜莉亜用。
私には、かわいすぎる・・・

亜莉亜は、化粧をするのを嫌がるので、それをなだめているうちに、どんどん時間が押してきてしまった。
「亜莉亜、いい加減にあきらめて。オフィシャルな場なの。ルールなのだから、それを受け入れて」
言い聞かせるように言うと、
「じゃあ、私はディナーに出ない。ここで食べる。いいでしょ?」
「亜莉亜・・・」
私は、駄々っ子になってしまった亜莉亜の顔を、手のひらで挟む。
「私と、夕食を食べないつもりなの?」
亜莉亜が、口をとがらせる。
「恵理も、ここで食べるの」
「駄目よ」
私は、普段と同じ大きさの声だけれど、きっぱりと言った。
「アレクは、これから、私たちのビジネスパートナーになるのよ。食事をしたり、お茶の時間を持つ事は、今まで以上に大切な時間になるの。」
「・・・・・」
亜莉亜は、黙って、ドレッサーの前に座った。
私は、メイクは自分でするけれど、亜莉亜はメイクは苦手なので、担当のメイドが亜莉亜の顔を作っていく。
ドレスにあわせたアクセサリーに、靴に、小さなバッグ。
どれも、ドレスにあわせて、アレクがオーダーしたものだろうということは分かった。
亜莉亜は、暫くはふてくされていたけれど、ドレスアップした私の姿に、目を輝かせた。
「恵理、すごく素敵・・・女王様みたい!」
「ふふ・・・有難う。亜莉亜も、素敵よ。天使みたい・・・今夜、飛んでいかないでね」