ひとしきり、アレクと企画書の話をしているうちに、昼食の時間になってしまった。
「アーサーはもう、起きているだろうから、昼食の席には出てくるよ。」
アレクは、時計を確認しながら言った。
「あの、女性達も?」
「そうだろうね・・それよりもどうだろう。君が良ければ、この企画書についてもう少し意見を聞きたいから、ここで『ビジネスランチ』はどうかな?」

アレクは、私の気持ちが手に取るように分かるらしい・・・
「ええ、賛成よ。亜莉亜に、連絡しなきゃ・・・」
そう言いながら、私の頭は、正直なところ、亜莉亜の事よりも企画書の事で一杯だった。
「レオンの部屋に電話してみるよ。」

結局、レオンと亜莉亜も音楽ビデオを見ながらのランチになり、私たちは『ビジネスランチ』になった。
ここへきて・・・ううん、イギリスにやってきて、別々に食事をしたのは初めてかもしれない。
これからも、ずっと亜莉亜と食事もベッドも共に出来るし、いつもそうしたいと思っていた。
だけれど、私の中の『何か』に、スイッチが入ってしまった・・・・・・・・

「恵理・・・ビジネスパートナーの件、もう一度考えてみてくれないか?返事は急がない。
そう、気晴らしに馬に乗ってくるといい。その間に、少し一人で考えてみてくれないか?」
ランチの後は、企画書の話しというよりは、世間話に近い話題・・社交界の話やイベント、女性の流行やイギリスの風土など。
アレクの話題は幅広く、そしてそつが無い。
堅い雰囲気を持ちながらも、相手を退屈させないこんな「話術」を、どこで身につけたのか・・・
今私の目の前に居るのは、すでに「幼馴染のアレク」ではなくなっていた。
巨大な、リントン一族の、若き総帥となるべくして、帝王学を身に付けた貴族の青年だった。
そんな彼の、ビジネスパートナーになれるだろうか?

部屋に戻りながらも、私の気持ちはかなり昂ぶっていた。
もともと、「仕事」は、とても好きだった。
そして、企画を考えるのも、クライアントとの駆け引きも好きだった。
恋愛よりも、ずっと好きだった・・・・・・・・・・・
だから、男性にさほど興味は無かったし、常に周囲にかしづいている男性が居ても、それが「当然」で、彼らがそれ以上の存在になる事は無かった。

仕事ほど、私の気持ちをエキサイトな気分にさせてくれる男性など、居なかったのだ。
だから、両親が岸との婚約を決めた時も、それも「人生の中の通過儀式」にくらいにしか思わなかった。
亜莉亜に会わなければ、そのまま私は、岸と何のためらいもなく結婚し、父の会社を継ぐべく生きていただろう。
亜莉亜に出会って、今、こうしていることに後悔は無い。
でも、亜莉亜は?
こうしている事は、亜莉亜の為に、本当に良い事なのだろうか・・・・・・・・・

お互いの「気持」だけを考えて、手を取り合ってきた。
もしかして、亜莉亜の才能を、私は、朽ち果てさせるような事をしているのではないかしら?
だとしたら、そんな「恋」は、間違っているのかもしれない。
女同士の恋愛が、「間違っている」とは思った事は無いけれど、お互いの持っている「宝物」を磨けない恋愛は、間違っているように思える。
亜莉亜は、、、、亜莉亜は、どう思っているのだろう?
亜莉亜は、俗世間とは無縁の世界の住人だ。
あふれる才能を持ちながらも、それがもろ刃の剣となり、少しでも彼女が足を踏み外せば、あっさりと彼女に生きる事を放棄させるだろう。
亜莉亜のバイオリンと、私を秤にかけるなんて、馬鹿げているけれど、私の為にその才能を埋もれさす方がもっと馬鹿げている。
きっと、亜莉亜の才能を、彼女の芸術を、開花させる為に何かする事が、私の彼女への愛の形になる。

リントン家に甘えて、居候という身分も、私の気持ちとしては負担だった。
いつまでも、甘えているわけにはいかない。
それに、リントン卿は父の親友だから、ここへ居る限り、父の威光で暮らしているといわれても仕方が無い・・・・・・・・・・・
本当に、亜莉亜と二人で生きていくならば、私は亜莉亜を支えなければならないし、亜莉亜の才能をうずもれさせる事はしてはいけないと思っている。
でも、それは、考えれば考えるほど、異邦人の小娘が簡単に出来るような甘い事では事を、やっと認めざるを得ない状況に来ている事は自覚していた。

アレクのもとで、アレクの仕事を手伝う事。。。それが、亜莉亜の為になるならば、私のプライドなどどうでもよい事のように思えた。
それは、少なからず、アレクの仕事に興味を抱いた事にも原因がある。
アレクに、身内びいきされることなく、本当に私の仕事を買ってくれて、サポートしながら亜莉亜が活躍できる場を演出出来たら?

それは・・・・・・・とても魅力的な案だ。
自分のプライドにこだわっていた間は、そんな事はしたくないと思っていたけれど・・・
アーサーに対する態度で、自分の中でくすぶっていたものが、はっきりと自分でも自覚出来たという事もある。
「何もできない」といういらだち・・・・・・・・・・
それを解消するためにも、手段はどうあれ、亜莉亜の為になる事ならば、私がなすべき事、取り組むべき事のように思える。
ゆるやかな傾斜の先に続く、のどかな田園風景をわたる風が、髪の毛を揺らす。
しっかりするのよ、恵理。
私は、亜莉亜を守る・・・そう、心にちかった。
今のままの、「単なる異国の客人」でいるわけにはいかない。
私が出来る事を、始めなくては・・・・・・

「亜莉亜?」
ドアをノックしても、返事が無い。
まだ、レオンの部屋にいるのかと思って部屋に入ると、ベッドにうつぶせで寝ている、亜莉亜の髪の毛が見えた。

「亜莉亜、寝てるの・・・?」
ベッドに腰掛けて、その髪の毛に触れた途端、亜莉亜が跳ね起きた。
「恵理の、馬鹿!」